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2020年9月16日 (水)

「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」(伊丹万作):大阪市議会可決で11月に再び住民投票、住民を分断する「大阪都構想」(♪(大阪維新に)だまされたあんたがアホやねん♪)

前略,田中一郎です。


●(別添PDFファイル)維新の執念、大阪市議会可決で11月に再び住民投票、住民を分断する「大阪都構想」(粟野仁雄『週刊金曜日 2020.9.11』)
ダウンロード - e5a4a7e998aae5b882e8adb0e4bc9ae58fafe6b1bae381a711e69c88e381abe5868de381b3e4bd8fe6b091e68a95e7a5a8e3808ce5a4a7e998aae983bde6a78be683b3e3808defbc88e7b29fe9878ee3808ee98791e69b9ce697a5209.11e3808fefbc89.pdf

●(報告)(7.6)オルタナティブな日本をめざして(第48回)「「維新の会」って、なんやねん!?」(新ちょぼゼミ:清水ただし衆議院議員)- いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-e48611.html

●♪(大阪維新に)だまされたあんたがアホやねん♪
 https://www.youtube.com/watch?v=SKhRNUNRVqM

(関連)【大阪維新の会】大阪都構想 事実を確認しなければ維新のペテンに騙される|日刊ゲンダイDIGITAL
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/278594
(関連)それでもバカとは戦え|日刊ゲンダイDIGITAL
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/columns/3524

(関連)(他のMLでの議論です)松尾匡立命館大学教授「連載最終回:支配エリートが進める現代版「帝国主義」と闘うにはどうすべきか? 現代新書」をめぐって- いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-6c3fc4.html

(「昔は水の都、今はアホの都」の大阪(ここはワテの生まれ育った故郷でんねん)のアホの有権者たちが、大阪維新などというゴロツキ・チンピラ・デマゴーグのたぐいの政治家集団に騙されて、自分たちのかけがえのない基礎自治体をぶっ潰そうとしています。大阪維新の狙いは明らかで、大阪市の豊富な財源を取り上げて大阪府に移し、そこで有権者・市民とは関係のない利権事業・土建事業にたっぷりと税金をつぎ込もうというのです。カジノ万博などはその1つにすぎません。放置すればこれからもどんどんやっていくでしょう。これを「やられる方」がもろ手を挙げて賛成しています。まさに万歳突撃です。たたでさえ生きづらい・日々の生活が大変な時代だというのに、自分の基礎自治体を今の大阪市よりもずっとずっと規模が小さく、財政的にも貧弱な「特別区」にして「喜ぶ」というのですから、まさに「アホ」さながらです。「アホちゃいまんねん、パーでんねん」という反論が聞こえてきます。(前回の住民投票では、都構想の内容も知らず、大阪市がなくなることも知らないで、賛成票を投じていたアホが8割近くもいたという報告がすでに報道されています。:田中一郎)

(関連)あほやねん 大阪(その1):大阪の街をぶっ壊すチンピラ似非右翼の「維新」、その究極が大阪市をなくしてしまう「大阪都構想」、市場原理主義アホダラ教唱えて迷走中(「種子法廃止」で公的支援打切りは大阪と奈良) いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-c84c.html

(関連)あほやねん 大阪(その2):愚にもつかない「大阪都構想」を争点に脱法的行為の「ダブル府市あわせ」選挙が展開中(岩波月刊誌『世界』掲載論文と朝日新聞記事から)- いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-26de.html


以下はメール転送です。
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伊丹万作(『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)

WEBで読む:https://ch.nicovideo.jp/article/ar1944601
アプリで読む:https://ch.nicovideo.jp/ch1332/app?from=blomaga_mail&ref=share


・多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。

・多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしい。民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。

・このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。

 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏ほきようにつとめていたのであろう。

・少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

・いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

・私は「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。・いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

・だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

・このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。それは少なくとも個人の尊厳の冒涜ぼうとく、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

・我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

・「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。
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草々 

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