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2019年5月17日 (金)

(他のMLでの議論です)姜尚中「令和は平成の『多様性に配慮した社会』を継承できるか」を批判する

前略,田中一郎です。’(他のMLでの議論です)
(別添PDFファイルは添付できませんでした)


(最初に若干のことです)
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1.これからの「新ちょぼゼミ」のご案内(ちょぼちょぼ市民によるちょぼちょぼ市民のためのゼミナール:ちょぼちょぼ市民連合)

(1)(6.3)オルタナティブな日本をめざして(第28回):「容量市場と容量メカニズム:老朽化原発・石炭火力の経済的延命策か!?」(松久保肇さん:原子力資料情報室)- いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/28-1e87.html

(2)(6.24)オルタナティブな日本をめざして(第29回):今さら聞けない「遺伝子組換え」と「ゲノム編集」(基礎編)(新ちょぼゼミ:天笠啓祐さん)- いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-932d.html

(3)(7.8)オルタナティブな日本をめざして(第30回):「福島原発事故と初期被ばく」(榊原崇仁さん:新ちょぼゼミ)- いちろうちゃんのブログ
 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-e10eb7.html

(4)オルタナティブな日本をめざして(第31回):「東日本大震災からの復興と人間の幸福」(五十嵐敬喜先生)(2019年7月29日)
(5)オルタナティブな日本をめざして(第32回):「公益通報者保護制度改正とその問題点」(光前幸一弁護士)(2019年8月28日)
(6)オルタナティブな日本をめざして(第34回):「これでいいのか働き方改革:労働現場から」(中野麻美弁護士)(2019年9月26日)
(7)オルタナティブな日本をめざして(第35回):「ゲノム編集、どこに危険が潜んでいるか」(仮題)(河田昌東さん)(2019年10月21日)

(日程未定)オルタナティブな日本をめざして(第33回):「日米FTA:奪われるだけの新植民地協定」(仮題:鈴木宣弘東京大学大学院教授)

(上記(4)~(7)は、全て会場・時間はいつもの通りです:会場=たんぽぽ舎(水道橋)、時間=午後5時半開場・午後6時~9時過ぎ)


2.国民の財産である国有林を丸裸にしてボロ儲け!- しかも植林の義務が事実上なし!- #安倍総理 が議長、#竹中平蔵 氏が議員の「 #未来投資会議 」の提言で #トンデモ改正法案 が今国会で審議中! 通れば日本中の山がハゲ山に!- - IWJ Independent Web Journal
 https://iwj.co.jp/wj/open/archives/448750

(空港、上下水道の次は、国有林野が売りに出されるようです。政権交代を実現し、アベ政権・自公政治に連なる連中を政治の世界から一掃しない限り、この市場原理主義アホダラ教による公共サービスや国有公有財産の切り売りは、どこまでも、いつまでも続いていきます。:田中一郎)

(関連)日本が売られる-堤未果/著(幻冬舎新書)
https://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033825419&Action_id=121&Sza_id=G1


3.(別添PDFファイル)参院選124議席 当落全予測:「改憲勢力」2/3届かず(イントロ部分)(『サンデー毎日 2019.5.26』)
 http://mainichibooks.com/sundaymainichi/society/2019/05/26/post-2285.html

(関連)衆参ダブルなら立憲壊滅=国民民主・小沢氏 (時事通信社)
 https://web.smartnews.com/articles/fUb5wyGLLKZ
(関連)東京新聞-野党「一本化」なら勝機 参院1人区 自民指定の16激戦区-政治(TOKYO Web)
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201905/CK2019051502000170.html

(田中一郎コメント)
 私は『サンデー毎日』の予想は「甘い」と見ています。小沢一郎氏ほど厳しくは見ていませんが、それでも今の野党、ないしは「市民と野党の共闘」には勢いがなく、地滑り的な敗北と「日本国憲法改悪への道」が開かれるような気がしています。東京新聞は合従連衡すれば勝機ありとしていますが、『サンデー毎日』の方は、選挙結果への影響はほとんどない(今現在で推測される合従連衡ないしは出馬調整を踏まえての話ですが)、としています(国民民主党の議席が2つ増えるだけ)。私からこれまで何度も申し上げてきたように、合従連衡は選挙勝利の必要条件ではあるけれども、十分条件ではなく、それよりももっと重要なことは、「政権交代によりどんな政治や政権を実現するのか」を、わかりやすく骨太に選挙マニフェストとして有権者に訴え、その共感の広がりで「何かが変わる、投票に行けば政治が変わるかもしれない」という「ワクワク感・ハラハラ感」の形成が必要なのです。それがないままに、いたずらに時間が過ぎています。このままでは危ないと私は思っています。


4.政局報道から
(1)インタビュー:消費増税判断、日銀短観などよく見る必要=萩生田自民幹事長代行 (ロイター)
 https://web.smartnews.com/articles/fUqLFeFqPpJ
(2)改憲争点に衆参同日選の見方も 自民公約化へ調整、公明は警戒 沖縄タイムス
 https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/420409
(3)改憲争点の衆院解散論「言う人が増えた」自民・下村氏:朝日新聞デジタル
 https://www.asahi.com/articles/ASM5J4Q0BM5JUTFK00M.html
(4)甘利氏が同日選否定 参院選単独過半数は「不可能」 - 毎日新聞
 https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190516/k00/00m/010/229000c?fm=mnm
(5)東京新聞-「改憲争点にダブル選」自民党内じわり 幹部認める、公明は「一部」と強調-政治(TOKYO Web)
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201905/CK2019051702000133.html
(6)東京新聞-参院選へ 思惑交錯 単独過半数は「不可能」自民・甘利氏-政治(TOKYO Web)
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201905/CK2019051702000134.html
(7)【安倍晋三】景気動向指数の悪化は序の口 ボロボロ経済指標まだまだ続く|日刊ゲンダイDIGITAL
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/253817
(8)この政権の退場が急務 望まれるのは破局的な大暴落|日刊ゲンダイDIGITAL
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/253812


5.イランとアメリカ
(1)あの男が狙う「イラン戦争」イラク戦争の黒幕ボルトンが再び動く ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/05/post-12128.php
(2)トランプ米大統領は強硬路線に不満=対イラン、ボルトン氏推進-米紙 JIJI.COM
 https://web.smartnews.com/articles/fUr3TLQqNc7
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<いただいたメール>
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From:柴田武男
Sent: Thursday, May 16, 2019 5:57 AM
Subject:姜尚中「令和は平成の『多様性に配慮した社会』を継承できるか」

おはようございます。
アエラのホームページで公開されている、政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイです。

「昭和という時代は冷戦時代でもあり、米国的なライフスタイルの追求といった基軸がしっかりとありました。それが相対化されたのが平成で、日本の経済力や、その経済力を支えていた日本的な経営までもが見直され、これらはグローバル化と呼ばれたわけです。」

とまとめられていますが、あまりに私と違う認識で驚いています。元号で区切って時代認識を語ると言うことはあまりしたくはないのですが、「それが相対化されたのが平成で、日本の経済力や、その経済力を支えていた日本的な経営までもが見直され、これらはグローバル化と呼ばれたわけです。」という説明には強い違和感があります。私からすれば、日本的在り方が「相対化」されるどころか、より強められて絶対化、固定化されてきたとしか理解できません。

日本的経営、これは年功序列賃金、企業別組合、終身雇用と三点セットとして説明されますが、間違いと指摘する濱口桂一郎さんの考え方が私には共感できます。彼は、雇用形態をジョッブ型とメンバーシップ型とに大別して、日本の雇用形態をメンバーシップ型雇用としています。だから、新卒信仰があり、職種で募集することはないのです。その結果として、上記の三点セットが一部生ずるというのです。三点セットは大手企業に見られる仕組みで、それも、メンバーシップ型雇用の結果であると指摘してます。そのメンバーシップ型雇用も、労働法制の弱体化で大きく狭められて、非正規職が増大しています。現在、約4割です。

派遣労働など非正規職が増大して、ますます、「米国的なライフスタイルの追求といった基軸」がしっかりしてきたというのが、小泉改革であり、アベノミクスです。1989年1月8日 – 2019年4月30日が平成です。小泉内閣は2001年 - 2006年です。ここで「聖域なき改革」として新自由主義政策が貫かれます。私の理解する「新自由主義」とは自由主義経済の中心である市場原理が、私的経済領域だけでなく公的な経済領域にまで侵食してきたことであり、それを推し進める考え方です。日本育英会が2004年に日本学生支援機構と独立行政法人化したのがその典型です。

「平成には女性や子ども、マイノリティーといった人々にスポットが当てられるようになりました。」というのは何を意味しているのでしょうか。姜尚中さんの議論は、曖昧な用語の定義と論理展開で結局は何を言っているのか、何を根拠に言っているのか、さっぱり理解できないことです。「スポットが当てられる」とはどういうことでしょうか。子どもと言えばそのあまりの貧困状況が社会に多少認知されたという程度のことです。生活保護の母子加算は削減されます。

「生活保護費 年1.8%削減へ 18年10月から3年かけ」毎日新聞2017年12月18日 20時47分(最終更新 12月18日 23時55分)

政府は18日、生活保護受給額のうち食費や光熱費など生活費相当分について、2018年10月から3年かけて段階的に、国費ベースで年160億円(約1.8%)削減する方針を決めた。ただ減額幅が大きい世帯は、母子加算などを加えた総額で5%の減額にとどめる。5年に1度見直しており、削減は前回の6.5%に続き2回連続になる。」
https://mainichi.jp/articles/20171219/k00/00m/010/097000c

姜尚中さんがスポット浴びているとする平成最後の「女性やこども」への政府の対応です。これを「さまざまな綻びを試行錯誤しながらも「繕い」続けたのが平成という時代」というまとめが理解できません。彼の論理の綻びはなんとか「繕い」続けたのでしょうが、あまりに浮世離れした時代感覚にあきれます。繕われているとは到底いえないでしょう。

「女系、女性天皇も含めた世論の動きも活発になるかもしれません。」というのが、彼の論法の一大特徴です。彼自身の立場とか見解は一切表明されません。安全地帯で、どこからも文句が来ないように、それでいて「ナショナリズムのような、多様性を封じ、弱者、少数者に沈黙を強いるような動きが隆起してくるのか。しっかりと見届けていきたいと思います。」と一応リベラル的なことも言っているようですが、それは反対、警告しますというのではなく「見届けていきたい」というのですから、ただ観ていると宣言しているわけです。

井手英策さんもこの姜尚中さんも、なんとなく左派リベラルと思われた論客が、実はたんなる評論家であり、傍観者であり、その結果現実の劣化から目をそらし、またそらせるような論調で「令和」賛美に陥っているようでがっかりしてます。

時代へのカウンターと陽気な夢 - 労働運動の昨日、今日、明日 (ダルマ舎叢書1) 単行本(ソフトカバー) – 2019/5/10
https://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033918694&Action_id=121&Sza_id=C0

という本があります。労働運動の歴史を書いた本です。立場の異なる多くの人々がその歴史を書き留めています。今でこそ書ける歴史です。実に面白く読みました。アマゾン・レビューも書きましたので、ご関心の方は検索してください。「陽気な夢」とありますが、編者の願いです。結果的には年寄りの愚痴となってますが、それはこの本の価値を落としません。時代のリアルがあります。

「元号が平成から令和へと変わり、新たな時代が始まりました。」という寝ぼけた話はありません。労働運動の戦いの歴史のリアルがあります。私たちの社会がどうしてここまで劣化したのか、よくわかります。ストライキもなく、労働組合組織率も低く、人々は闘わなくなりました。闘う必要がなくなったとは誰も思いません。それなのにです。生活状況は劣化しているのになぜ人々は闘わなくなったのか、です。闘いはすべてなくなったわけではありません。しんどい闘いが各方面で続けられてます。それは次回に。

柴田武男

https://dot.asahi.com/aera/2019051400024.html?page=1

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

*  *  *
 元号が平成から令和へと変わり、新たな時代が始まりました。30年前、明仁上皇は天皇として即位した際に「日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望する」と述べました。天皇としての最後の「おことば」で再び平和と幸せを願われましたが、国の根本的な成り立ちや柱を変えずに次の世代にバトンタッチできたことに対する安堵もあったのではないでしょうか。昭和から平成へと時代が変わっても、母体(国の基軸となるもの)は根本的には変わらないまま、昭和が作り出したさまざまな綻びを試行錯誤しながらも「繕い」続けたのが平成という時代だったと思うのです。

昭和という時代は冷戦時代でもあり、米国的なライフスタイルの追求といった基軸がしっかりとありました。それが相対化されたのが平成で、日本の経済力や、その経済力を支えていた日本的な経営までもが見直され、これらはグローバル化と呼ばれたわけです。

しかし、相対化にはある種の危機が伴います。歴史的にみると19世紀末のヨーロッパでも同じような動きがありましたが、極端な相対化がカオスのようなイメージを生むと同時に、ある種のニヒリズムが生まれます。政治や社会への無関心が広がる一方、ナショナリズムが高揚するというのは相対化に対する防衛反応です。

そうした防衛反応の一方で、平成には女性や子ども、マイノリティーといった人々にスポットが当てられるようになりました。大きな政治といえども、それまで周辺に置かれてきたこうした社会のメンバーを抜きにしては論じられなくなりました。

令和は、そうした平成のコモンセンスがより力強く継承されていくのか。それともナショナリズムのような、多様性を封じ、弱者、少数者に沈黙を強いるような動きが隆起してくるのか。しっかりと見届けていきたいと思います。前者の傾向が強まれば、女系、女性天皇も含めた世論の動きも活発になるかもしれません。私は令和という時代が「繕う」だけではなく、そういう方向に向かっていってほしいと思っています。

https://dot.asahi.com/aera/ 2019年5月20日号


 (田中一郎コメント:ML投稿を加筆修正しています)
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柴田様の姜尚中批判=Me Too

「日本の雇用が「メンバーシップ型」という濱口桂一郎氏」について
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「メンバーシップ」とは一義的には「団体や組織の構成員」であることを意味しており、これを指摘するだけでは何も言ったことにはなりません。元来のメンバーシップとは、構成員となる団体・組織からも、他のメンバーからも独立していて、様々なことに自分で意思決定ができるかたちで共同意思決定や協業を行うという、一般的に言えば「協同組合」の構成員を言いいます。それを「雇用形態はジョッブ型とメンバーシップ型」に区別でき「日本の雇用形態はメンバーシップ型」だ、「日本的経営、これは年功序列賃金、企業別組合、終身雇用と三点セットとして説明されますが、間違い」と言い募るのは、巧みな「雇用破壊」の合理化・追認に他なりません。

1980年代後半のバブル時代までの日本の多くの大企業や中堅企業でも、一旦会社に入ってしまえば、メンバーシップどころの話ではなく、「総合職」とされた職員は、ピラミッド型に構成された組織構造の中で、終身雇用を前提に熾烈な「立身出世競争」(その実態は「世渡り・ゴマスリ」の巧拙を争う箱庭的茶番)のるつぼに放り込まれ、会社の一部幹部たちが決めた方針を忠実に遂行する忠誠度を高めるために、年功序列賃金とセットで社内資格制度が設けられ、また、会社に逆らう労働組合を創らせないために(半ば会社人事部主導で)企業別組合が創られるのです。

そしてご承知の通り、事務職として採用される女性は、こうした総合職の世界とは無縁に、身分差別と差別待遇を受けながらセクハラとパワハラの理不尽にさらされるという運命にあったのです(そしてこの会社の仕組みがようやく理解できる年齢に達した頃に結婚して退職させられます)。これのどこが「メンバーシップ制」ですか? 所謂日本型経営というものは、経済成長時代に、企業経営側から見て、総合職・事務職の生産性向上をてっとりばやく実現するやり方として、定着していたということではないですか? エコノミックアニマルという言葉や「24時間闘えますか(会社のために働いて尽くせますか)」などというCMソングもありました。

その結果がどうなったかというと、総合職で「立身出世競争」で生き残った一部の「世渡り・ゴマスリ上手」の無能人間たちが経営者となり、事業の失敗と巨額の損失、優秀な人材の散逸、あるいは不正やインチキやゴマカシや非合法や粉飾などをやらかしては、TVの前に出てきて、そのハゲたボンクラ頭を下げる、ということになっているのです。そして、生き残れなかった総合職や退職させられた女性を待っていた人生は、一概には言えないものの、その多くは厳しい生活でした。容赦ないリストラの餌食となり、マルクスが150年以上も前に定義した「相対的過剰人口」の中に放り込まれ、若い世代の賃金や労働条件を引き下げる役割を担わされるという、いかにも耐えがたい状態に追い込まれたのです。バブル発生とその崩壊後の日本経済のあまりにもむごい、かつ情けない惨状の原因の一つは、この「日本型身分制雇用」と「中長期的にボンクラ経営者を生み出してしまう人事の縮小再生産型制度」(自分よりも少し能力が劣り器の小さい人間を最も優秀だと評価してしまう、誰にでもある人事評価の場合の一般的傾向に無自覚に創られた制度のこと、これを長く続けると、やがて経営幹部をロクでもないノータリンたちが占拠するようになり、会社や組織がガタガタになってしまう)にあるのです。

それを濱口桂一郎氏のような現状追認・合理化の屁理屈で認識していては、こうした状態の改善を考える場合に誤った判断をしてしまうことになるでしょう。時流迎合の現状認識からは、その現状の愚かさや矛盾を解決する発想は出てこないということです。

問題の根本には、民主主義が企業の門前で立ちすくんでいることにあります。その結果、人間が人間としてメンバーシップを享受するのではなく、人間がモノとして、機械の一部として、組織の部分品として見下され、まるで雑巾のように使い捨てられているということです。このことは「年功序列賃金、企業別組合、終身雇用」が崩壊し、正規・非正規の差別構造から更にオール非正規という新たな「身分制雇用制度」(あるいは新たな階級構成型雇用制度)へと移りつつある日本になっても変わることはありません。

「ジョブ型雇用」などと、しゃれてみたって、多くの働く者にとっては、そのみじめな身分や境遇が、賃金や労働条件が、よくなるわけでも改善されるわけでもないのです。私が見るところ、現代資本主義は社会主義運動という、その宿敵の弱体化をいいことに、やりたい放題資本主義に転化し、再びその本領の「労働者階級に対する徹底した搾取のキバ」をむき始めています。これに対して、陳腐化オレサマ・ナショナリズムで対抗するのか、それとも普遍的な公正社会建設主義で立ち向かうのか、それが問われているのではないかと私は思っています。

そうした情勢下、今日の労働組合(これこそが本来のメンバーシップであるべきですが、全然ダメです)が堕落・弱体化の一途をたどっているのははなはだ歯がゆい限りです(時折、市民集会などに出てくる労組の連中を見ていると、全てではありませんが嫌悪感がわくことがあります)。しかし、資本主義体制では、資本の側に立つものは、自分たちの利益・利害を守るためには「必死のぱっち」ですから、今日の「強欲搾取体制」の維持のためには全力を挙げて、それをやめさせんとする「世直し勢力」に対して戦いを挑んでくるでしょう。今の労働組合に、これに勝てるだけの、押し返すだけの、気概もパワーもあるようには見えません。ならば、とことん尻の毛をむしり取られることになると私は思っています。

それがいやならば、団結して資本側と闘え、ということです(但し、鎌倉武士のようにではなく、賢く巧みに、です)。


(参考)日本型雇用システムとジョブ型正社員:濱口桂一郎
 http://hamachan.on.coocan.jp/senkenjob.html

(一部抜粋)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日の日本の雇用・労働問題は、大学生の奇妙な「就活」も、正社員のワークライフバランスの欠如も、非正規労働者の苦境も、すべて日本型雇用システムの特殊性という一点に由来している。その解決の道筋として、濱口氏は「ジョブ型正社員」を提唱する。

(中略)筆者はこの新たな雇用類型を「ジョブ型正社員」と呼び、積極的に拡大していくべきであると考えている。それは不本意に非正規労働者に追いやられてきた(中高年化しつつある)若者に、ある程度の安定した収入と雇用を保障するものである。一方、その仕事がなくなれば配転の余地がないのであるから整理解雇されることもやむを得ない。この点をマクロ社会的に支えるために、これまでメンバーシップ型社会を前提に極めて未発達であった外部労働市場メカニズム(労働者が異なる企業間を移動する労働市場メカニズム)を張り巡らせていくことが不可欠となる。とりわけ、どの企業でも通用する職業能力の認証システムの開発は喫緊の課題である。

 こうしたジョブ型正社員の確立は、これまで非正規労働者に陥りたくないばかりに不本意に無限定な正社員型の働き方を甘受してきた人々にとっても朗報となり得る。とりわけ、育児中の女性など、会社に生活のすべてをささげることが不可能な労働者にとっては、メンバーシップ型正社員と非正規労働者という極端な二者択一を迫られることなく、ワークライフバランスのとれたそれなりに安定した働き方の選択肢が生まれることは望ましいことであろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(バカぬかせ、という話です。要するに企業側に「解雇の自由」を与えるための屁理屈でしかないのです。何のことはない、正規職員の総非正規化と言い換えてもいいくらいです。また、ジョブ型雇用では「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)に記載しきれない「隙間」や「時々の仕事」などが無責任状態で放置され、商品やサービスの提供を受ける側にマイナスの影響をもたらすことが必至だと思われます。ただでさえ無責任極まりない今日の日本の企業や役所に「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)主義などを入れたら、その度合いが益々ひどくなるのは目に見えています。

時流に半ば迎合しながら制度の変化に伴う現場の状況に対する想像力が欠如した議論を展開するこの人物は、私から言わせれば、「人工添加物でリベラル風味に味付けされた市場原理主義型労働政策の広宣流布別動隊・第五列(The Fifth)」くらいでしょうか。平成の時代は、こういうニセモノの主義主張が増えた時代だったと言えるのではないかと思います。その意味で、姜尚中の上記コメントも、危機意識や社会正義の観念が希薄化した謬論ないしはお気楽議論の一種ではないかと思う次第です。:田中一郎)

(関連)侵蝕する「貧困」(雨宮処凛 毎日 2019.5.15)
 https://mainichi.jp/articles/20190515/ddm/004/070/004000c
草々

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