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2018年8月16日 (木)

(メール転送:他のMLでの議論です その1)(1)AIの高度化・普及と人間労働 (2)反緊縮政策をどう展開するか(財政・金融政策の在り方)

前略,田中一郎です。

(別添PDFファイルは一部添付できませんでした)

 

(最初に若干のことです)

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1.イベント情報

(1)(10.11)「日本のダムと河川行政:この旧態依然をどうする?」(嶋津暉之さん)(オルタナティブな日本を目指して:第17回新ちょぼゼミ)

 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/17-394c.html

 

(2)(別添PDFファイル)(チラシ)(8.25)「多重複合汚染による生活環境病の時代への警鐘」(西尾正道さん)

「tirasi_825_nisiosan_kouen.pdf」をダウンロード

(3)(別添PDFファイル)(チラシ)(9.8)長寿命放射性元素体内取込み症候群とトリチウムの危険性について(西尾正道さん)

「tirasi_98_nisiosan_kouen.pdf」をダウンロード

2.(メール転送です)映画「ガラクタ」(45分:2018

 https://grkta.tumblr.com/

 

はじめまして。小杉衛蔵(こすぎえいぞう)と申します。このたび映画「ガラクタ」を完成させ、9/16に日比谷図書文化館で上映会をやります。ビビっときましたら是非お越しください。お待ちしております。

 

「ガラクタ」予告

 https://youtu.be/gtMiodB9SQE

 

日 時:916日(日)14:00開場 14:30開演

場 所:日比谷図書文化館 コンベンションホール(地下1F大ホール)

入場料:1000円 中学生以下無料

 

<あらすじ>

静岡のメッキ工場で働く青年二人。ミスを必要以上に責める上司をどついてしまい、勢い仕事をやめてしまう。東京に出てくるも仕事なんてなかった! 上京してすぐに荷物を盗まれ所持金数百円の二人。世知辛い東京、親切心も仇にされ、人を信じられなくなってくる。二人に声を掛けるのは地下道の怪しげなおでん屋、河原の新興宗教団体。駅前でうずくまっている女性を見つけて・・・ 二人は大都市でサバイヴできるのか?

 

<制作意図>

いままで同世代のいわゆるロスとジェネレーションと言われた世代の非正規雇用、貧困に焦点をあてて短編映画を作ってきました。サバイバルしていくには貧乏だったら、人との繋がりが命綱です。しかし、SNSで人と簡単につながれることが本当に人と付き合っていることなのか? 人と付き合うとはどういうことか。人のために何かをするとはどういうことか。あらためて考えてみました。感傷だけの映画は作りません。映画も爆発です! 平成最後の人情喜劇!! 主題歌につつじヶ丘のブルースシンガーささきあきひろ さんの「ガラクタ」をひっさげ、還暦で初アルバムを出すというパワフルさに我々も負けていられないと映画で闘っています! 無名な映画ではありますが、この機会にインディーズ映画の雄叫び是非観に来てください!!

 

【主演】 稲元洋平 竹田哲朗 川島佳帆里 伊藤ゆきえ ひた たら 他

【監督・脚本】 小杉衛蔵

 

●過去作品など

 http://humandrug.moo.jp/

 

3.(メール転送です)【拡散・8.6ヒロシマ弾圧】Aさんは意識がもうろうとして動けず、毎朝車椅子で病院で点滴を受けてると判明。命が危ない。県警は外に伝えず

 

 事実も証拠もないのに逮捕し、真夏に監禁する警察・検察の責任。

「今すぐ無条件に勾留を取り消せ」と電話を

 決めるタカイ検事082-221-2453

 中央警察署082-2240110

 

Aさんはほぼ自力で動けず、毎朝病院へ行く時は、本人を乗せた車椅子を警官が大勢で持ち上げて階段を降りています。ふざけるのもいい加減にしろ!そんな事してるなら解放しろ! 抗議の集中を!

 

4.今回の県の辺野古埋立承認の「撤回」理由には、活断層についても新しい事実が! ---「大浦湾の海底谷地形は、2万年前以降に繰り返し活動した極めて危険な活断層」 - チョイさんの沖縄日記

 https://blog.goo.ne.jp/chuy/e/be6bd67265bfc4f586346b7b6cfee788

 

(関連)翁長知事の遺志踏みにじる 「土砂投入延期」は狸寝入り|日刊ゲンダイDIGITAL

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/235447

 

5.日刊ゲンダイ 小林節さん

(1)「義務を果たせば権利を主張できる」という勘違い|小林節 日刊ゲンダイDIGITAL

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/234687

(2)狭められる自由 法治主義をわきまえない新宿区のデモ規制|小林節 日刊ゲンダイDIGITAL

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/234855

(3)日弁連護憲派を「憲法教」と揶揄した非礼すぎる暴論 |小林節 日刊ゲンダイDIGITAL

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/234804

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経済政策などを巡る他のMLでの議論です(その1)。私が発信したものを一部手直しした上で転送させていただきます。ご参考になれば幸いです。

 

1.(メール転送です)AIの高度化・普及と人間労働

 

●働かざる者も食っていい AIが仕事を奪う未来の生き方:朝日新聞デジタル

 https://www.asahi.com/articles/ASL895H84L89UCVL017.html

 

(その1)この朝日新聞の記事は、かなりのレベルのずっこけ議論です

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この朝日新聞の記事の議論ですが、かなりのレベルのずっこけ議論です。一読してバカバカしいので放っておこうと思いましたが、直感的に、こういう単純化された議論に若い世代が弱いように思いますので、一発ぶっ叩いておきます。

 

(1)AIを備えた機械が出てきて、それが人間の労働を肩代わりしてくれるのなら、それは結構なことです。それを「仕事が奪われる」と考えること自体、マルクスの言葉で申し上げれば、ある「生産関係」を前提にしていて、そもそも人間労働の組織のされ方が「疎外形態」にあるということです。

 

(2)人間社会の経済は、全部が私的所有が支配するファクターばかりでなく、従って、あくなき利益の徹底追及を最高目的にしている経済主体ばかりではありません。また、すべての経済取引や経済関係が市場取引でもありません。ですから、AI機械が普及したからといって、それでもってAI機械に比べて高コストの人間が必ずはじき出されるとは限りません。たとえば人間労働の在り方は非営利ファクターにおいては、一般論としては自在に展開できますから、AI機械に任せられる仕事は任せて、それで浮いた時間を他のことに使えばいいだけの話です。結構なことではないですか。人間が必要とされる労働分野は私は無尽蔵にあると思っています。問題は、その労働力のアロケーションを一握りの巨大資本や「1%」にゆだねるから、99%がおかしなことになるのです。

 

(3)AIとBIは、全く何の関係もありません。Aの次はBだ、というのはアルファベットの世界であって、経済(政策)の世界では無関係です。そして、BIについてはこれまでも何度も申し上げてきましたように、こんなものは経済政策でも何でもなくて、机上の空論ないしは経済政策ごっこのお遊び・おしゃべり、程度のものだということです。下記の掛け算式で一目瞭然です。

 

 1億人×200万円/年=200兆円/年 ベーシックインカム保障=200万円/年=これでも相当に苦しい生活になるでしょう。

 

(4)AIを議論のおもちゃにしないで、労働の問題を考えるのなら、今現在、私達の目の前にある人間労働のデタラメな在り方・使われ方を大いに問題にしたらいいと思います。世間知らずで単細胞頭の経済学者どもの戯言(今回のAI論議は未来の空想話)にお付き合いする必要はありません。 

 

(その2)同じことをもう一度繰り返さなければいけません

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同じことをもう一度繰り返さなければいけません。おっしゃっていることは、19世紀のラッダイト運動と似ています。人間を主体にして「経済」というものをお考えになっておられません。

 

(関連)ラッダイト運動 - Wikipedia

 http://ur0.link/LxOn

 

AIの普及・高度化で多くの人が仕事を奪われるということを一般論として論じることはできません。また「問題は、収入を奪われると言うことです」ということも一般論として論じることもできません。要するに経済制度の「あり方」や運営の「やり方」次第だということです。

 

今日ある寡占的・独占的で、かつ前近代的な支配従属関係を引きづる日本のような資本主義体制を、非歴史的に恒久不変のものと考えてAIと経済との関係を論じることは、全くもって間違いです。人間の頭脳労働の部分をAIが一部肩代わりすることがあっても、それが人間そのものを排除してしまうような社会体制が必然化するということは、一般論としてはできません。

 

そして、将来のAIの心配よりも、今日の賃労働の凄まじいまでに歪められてきている、この現状こそを問題にしなければいけません。それは賃労働の在り方のみならず、生産や企業活動の社会的な在り方についても大きく関係していて、それについても考えを広げていかなければいけないことになるでしょう。

 

AIとはあくまで機械であって、人間が支配をするものです。その逆ではありません。AIが人間を支配するのではありませんし、それをさせてはいけません(正確に申し上げれば、AIを支配する「1%」の勝手気ままにはさせないぞ、という意味です)。

 

BIのよもやま話については既に申し上げました。そんな財源は何処にもありませんし、仮にあるなら、もっと別のことに使うことです。バラマキはいりません。普遍主義的政策を頭から否定はしませんが、その前にやるべきことは山のようにあるのです。

 

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(関連)(別添PDFファイル)学生の貧困(山口二郎 東京 2018.8.12

(関連)(別添PDFファイル)保育無償化 「賛成」半数未満、混乱回避へ国は責任を(東京 2018.8.15

 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018081401001960.html

 

(学生の経済的困窮については、いきなり一気に大学教育を無料化(普遍主義的政策)するのではなく、まず、授業料の引下げや授業料減免制度の拡充、奨学金制度の抜本改革(既存分も含めて無利子化、返済猶予、そして返済不要型奨学金の対象範囲の拡大など)などの学生支援を早急に実施すべきです(時間との勝負)。そののちに私学と国公立とのバランスを考えながら、大学授業料の無償化を検討すべきです。また、保育園については、記事にも書かれている通り、無償化(普遍主義的政策)よりも先に、公立公認保育園をたくさんつくって待機児童をなくすとともに、レベルの高い保育内容で運営できるようにすることや、深刻なまでに不足している保育士確保のため、労働条件や賃金などの抜本改善や人材育成に努めるなどの具体的施策を十分に対応することが重要です。ことほどさように、巨額の財源が必要となる普遍主義的政策を振り回すことよりも、きめ細かく「今困っている様々なことを解決する」ために(早急に)財源を使うことの方が大事なのです。普遍主義的な政策はその進捗状況などを見定めながら、財源を確保しつつ慎重に進めていけばいいのです(但し、消費税は絶対にダメです):田中一郎)。

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BI論議など、世間知らず・経済実態を知らない経済学者どもが経済政策をまじめに考えないで、机上の空論モデルを弄んでいるだけの話です。そもそも消費税でひろくあまねく一般の人々からカネを吸い上げて、そのカネを再び広くあまねく一般の人々にばらまく、などということは、究極の徒労にすぎないでしょう。他のことを考えた方がいいですね。そもそも今の支配者たちは、吸い上げることは考えていても、ばらまくことなど考えてはいません。選挙対策として、可能な限り少なくばらまくことくらいしか考えていません。

 

社会保障にしても、政策や施策を丁寧に考えて、「今そこにある危機」をきめ細かくに解決していくこと、その積み重ねが重要です。ケースワーカー1人に120世帯もの生活保護世帯を担当させ、保護者を熱中症死亡や凍死・病死・餓死に追いやっている現状を変えることの方が重要です。生活保護のケースワーカーがAIで代用できますか? 私はだめだと思います。

 

また、経済政策では、財源の調達手段である税制の在り方について、もっとよく考えた方がいいでしょう。AIの高度化と普及が経済に影響をもたらした場合についてもそうです。また、最低賃金制度についても、労働法制に関しても、AIとの関係で論じることができるでしょう。更に、公共サービスについても、AIとの関係で考えていく必要もあるでしょう。私は今の日本経済は、市場原理主義に頭がイカれていて、この公共サービスの在り方をきちんと考えてないと見ています。だから、保育士が足りない、介護士が足りない、看護婦が足りない、医師が足りない、消費者行政窓口が貧困、ケースワーカーが足りない、民生委員が足りない、地域の過疎化が止まらない、教員が激務すぎる、農林水産業の担い手がいない、・・・・・などということになるのです。

 

しかし、AI論はまだ時期尚早です。それよりも、今日の時代遅れの市場原理主義政策の下で、ゴロツキ・タカリどもが政治を支配して日本の改革を遅らせるどころか、どんどん悪くしている現状を打破することを考えるべきでしょう。日本経済の在り方の現状を普遍のものと考えて、そこにAIが入ってきたら、もう人間の居場所がなくなる、などという議論はおかしいのです。人間は経済のために存在しているのではありません。

 

2.(メール転送です)反緊縮政策をどう展開するか(財政・金融政策の在り方)

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いろいろと論点がありますが、とりあえず、次の3点を申し上げておきます。(松尾匡立命館大学教授の提唱する反緊縮政策を巡る議論です)

 

1.紙幣=中央銀行券は現代経済においては「主要通貨」ではありません。今日の経済の主たる通貨は「預金通貨」です。概ね通貨の8割が「預金通貨」であり、残り2割程度が紙幣です。そして、紙幣は「受動的通貨」=つまり日銀は預金の引き出しを求められた際に受動的に発券するものであって、日銀が能動的に発券することはできません。よく放漫財政のことを称して「輪転機で紙幣を刷る」などといいますが、これは比喩的に言われているのであって、実際にそうだというのではありません(かつての多くのマルクス経済学者を筆頭に、経済学者たちは現代金融の仕組みを知らないで議論していることがありますから要注意です)。そして、その「預金通貨」は信用創造=貸出で生まれてきます。ですから、貨幣を論じる時は「預金通貨」で論じなければいけません。

 

この辺の議論は、マネーサプライ(今はマネーストック)の政策的制御可能性の議論として、今からだいぶ前にいろいろと議論され、マネーサプライを日銀は直接コントロールできない、という結論に達していたと思います。あくまで日銀は、公定歩合(銀行向貸出金利)、公開市場操作、預金準備の3つを通じて、間接的にマネーサプライを管理し、また、市中金利や金融市場を制御する、ということです。

 

更に申し上げれば、実体経済への影響を考慮して金融や金融政策を論じるには、預金や紙幣という通貨で見るのではなく、それらの源泉となる銀行の信用創造の動向を論じなければ、ほとんど意味がないとも言えます。マネタリストやリフレ派の根本的な誤りは、インフレはともかく、デフレが貨幣的現象だと認識している点にあります。その認識で20年以上もやってきて、今日では黒田バズーガで脳内を吹きされた連中が日銀政策を牛耳り、弊害ばかりをもたらす異次元緩和を続けているのです。こんなものはマイナスの効果しかありません。しかし、ここまでオバカを積み重ねると、容易には抜け出せなくなっています。

 

政府が鋳造するコイン類は金額も小さく補助貨幣ですので、さしあたり無視してもかまいません。

 

(付論1)日銀が市中の国債を大量に買い上げて日銀の負債勘定の銀行による日銀預金(日銀への銀行の預け金)を膨らませていますが、これが実体経済に拡大影響を及ぼしていないのは、それをベースにして銀行が信用創造をできないでいる=貸出が伸びない、からです。いわゆる日銀への預け金が「ブタ積み」になっているのです。貸出が伸びないのは景気が悪いからです。カネを借りて事業をしてもうまくいくとは思えないからです。

 

(付論2)最近ではフィンテックなどという物も現れてきましたが、まだそれらは「預金通貨」の補完的役割をしているにすぎません。通貨の種類にM1,M2、M3というのがありますが、さしずめフィンテックは「M4」とでもいうべきでしょうか。そして、M3やM4になりますと、日銀の金融政策のグリップ度合いが低くなりますので、あまり巨額に膨れ上がるようであれば、何らかの規制を入れなければ、金融無政府状態が出現してしまいます。さしずめニセガネはM5、M6とでも言いましょうか。イギリスのスパイ組織みたいですが。

 

2.おっしゃるように、金の裏付けがあった兌換紙幣の時代には、日銀券は債務証書と言えると思いますが、不換紙幣である今日では、日銀券は究極的にはただの紙切れにすぎません。それが貨幣として通用する理由は、日銀信用、であり、もう一つは、貨幣の物神性=共同幻想、ということになります。いずれも、きわめて経済実体的基礎が弱いですから、「預金通貨」と日銀券とを併せて、通貨の量的なコントロール(マネーストック)の制御は金融政策としては非常に重要になります。ここでマネーストックの「預金通貨」は銀行預金であって、銀行の日銀預け金(=ハイパワードマネーとかマネタリーベースとか言います)、のことではありません。日銀券を日銀が債務だと規定しているのは、私は一種の擬制であると考えています。日銀などには、実態としての資産もなければ、負債もありません。(所有不動産やわずかに持っている金塊などは捨象)

 

3.松尾匡氏の議論のどこがおかしいかは、以前から私が申し上げてきたように、政府発行の国債を日銀が直接あるいは事実上引き受けて、そのカネを恒常的な財源として使うとしている点にあります。また、その使い方にも問題があります(BIは×、大企業への投入も×、など)。松尾匡氏は、政府と日銀を「政府ファクター」として一体で考えていますので、連結会計をすると、日銀保有の国債資産と政府の国債債務は「相殺」され存在しないのも同然です。いわば日銀が財務省の会計係になる、ということを意味します。そして、その日銀と一体化した拡大政府は、ちょうど日銀がそうであったように、負債勘定として、銀行からの預かり金と発行紙幣残高がブック(記帳)されるのです。

 

さて、こうした考え方のどこがおかしいのか、簡単に箇条書きをいたしましょう。

 

(1)政府と日銀をなぜ区分して独立した組織とし、日銀に一定の独立性を持たせているのか、それは、日銀の国債引受によるファイナンスが、財政のモラルハザードを生み出し、止められなくなるからです。歴史的な教訓として、そういう「相互牽制型」の組織にしてあります。つまり、景気や民生・政治重視で行こうとする政府と、貨幣価値や日銀信用を守って節度ある金融政策を遂行しようとする日銀の、相互牽制です。どちらか一方に極度に偏ることは危険だという認識があるのです。これを無視して、前者で突っ走れ、とおっしゃるのが、松尾匡氏であり森永卓郎氏です。その点では、日銀に自分たちの手下である黒田東彦を総裁として送り込み、日銀を首相官邸の事実上の下僕にしてしまっているアベ現政権のやり方とよく似ています。

 

(2)しかし、すでに政府は20年以上前から巨額の財政赤字を累積し続けてきていますので、政府保有の処分可能資産を差し引いた純債務で見ても、かなりの金額になってきているものと推測します(推測というのは、その正確な把握が容易ではないことも理由ですし、また、財政危機を煽りたい財務省が邪魔をして公表されたためしがないからでもあります)。つまり、上記のようなことを続けてきていて財政危機をかなり深刻化させてしまっているということです。

 

(関連)信じちゃいけない「国の借金を家計に例える」財務省のyoutube、そもそも、元々は国民のカネだろ・・・(ドクターZ 現代ビジネス 2018.8.12

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56944

 

それでも、日本経済は立ち直るどころか、財政状態とともに、どんどん悪化している様子があります。そうすると、単純に財政支出=つまりはスペンディングポリシ―や金融政策などの量的調整政策で日本経済を再起させようとするだけでなく、質的な政策=つまり、財政支出を何に対してどうやって行うのかなどという「財政支出の中身の問題」や、そもそもの経済制度自体を問いただす=不況やデフレを恒常化させるような日本経済の制度的構造があるのではないのかと疑ってかかること、が重要になってきます。そのためには、さしあたりバブル崩壊以降の歴代政権の財政支出のありようを厳しく評価し、それを大きく転換することもしなければいけないでしょう。つまり、量の経済金融政策から質の経済金融政策への転換です。松尾匡氏の議論はここに着眼をしていて、そのことは評価できますが、しかし、検討の結果出てきた結論=こういう財政支出をせよ、という点がおかしいと私は思っています。

 

(3)国債の日銀引き受けを恒常化させて、それを毎年の財源として組み込んでいくということが、インフレを起こさないという保障がどこにあるのかという点が不明です。目先数年間は、その引受による財政赤字が今よりも少しくらい膨らむ程度であれば、ただちにインフレ発生とはならないかもしれません。しかし、たとえばリーマンショック並みの海外からの激震が入った場合に、あるいは再度の原発・核燃料サイクル施設過酷事故などの日本自身が自業自得で被る巨大災害・被害などにより、日銀信用、あるいは日本政府への信頼が低下・崩落し、「円」という通貨の国際的価値に大きな下落が起きた場合はどうか、

 

あるいは、予期しない想定しない経済激震(たとえば戦争)により円通貨への信用が失われた場合にはどうか、などなど、コントロールの効かない物価及び資産価格の継続的上昇というインフレへの懸念は払しょくできません。その時には事前に対処するなどと言うのは説得力がないのです。何といっても、今日の政府や日銀を牛耳る政治勢力は、ゴロツキ・タカリの一群です。国債の日銀引き受けなどと言う「振出の小槌」に味をしめれば、引き返すことや停止することは困難となるでしょう。歴史はそうした事例の枚挙に事欠かないというべきですし、そもそも、政府や日銀が物価や資産価格のコントロールに成功した例など皆無と言っていいと思います。能力のない連中に我々の運命を託してはいけないのです。

 

(4)松尾匡氏の最大の弱点は、もう一つ、税制の抜本改革をきちんと考えていないことです。これについても、これまでいくつかのことを申し上げてきました。ここでは簡単に1つのことだけを申し上げておくと、財源確保のためには、今日の歪み切った税制をきちんとすることを真剣に考えることが最重要だということ、そして、何も日銀による国債引き受けの恒常化のような危険なことを考えなくても、税制の歪みを解消することにより、当面の財源の確保は可能であること(カネを持っている・かせいでいるにもかかわらず納税から逃げ回っている・納税を免除してやっているところから取ればいい)、財政支出のやり方で経済の好循環を取り戻せる可能性はあり、その際に、税制構造をきちんとしておけば、税収入は大きく拡大しつつ、かつ経済も拡大基調に乗る、ということを申し上げておきます。

 

(関連)「むしりとりますとも! 最期まで! 自由民主党」(2014.6)

 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/files/facist_2_mmusiritoru.pdf

(関連)マンガ・イラストを集めました。さまざまな市民運動・社会運動にお使いください いちろうちゃんのブログ

 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-ad35.html

 

まとまった増税は消費税増税しかない=これはアホウの経済学者と権力忖度人間の「タメにする議論」であり「神話化」してはいけません。資本主義社会は、いつも申し上げているように、マヌケやお人好しは徹底的に食いものにされる経済社会ですから、消費税増税は困る、と思われる方は、そんなのやめて~、と素直に声を挙げればいいのです。何故なら、他に増税の方法はいくつもあるからです。

 

それを具体的に考えることが、反緊縮政策を成功させ、日本に健全な社会保障制度や社会福祉事業を根付かせる基本となるでしょう。

 

(関連)タックスヘイブンを利用して兆円単位の税金逃れをしている大企業や大金持ちがいるのに、生活保護家庭を狙い撃ちで「嫌がらせ 兼 追い払い瀬戸際作戦」政策でいじめ抜く自民党政権の悪辣さ いちろうちゃんのブログ

 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-948c.html

 

(関連)日銀「異次元緩和」政策はマイナスの弊害効果しかない=黒田バズーガが日銀政策委員たちの「脳内」を吹き飛ばして進む日本の金融政策、市場原理主義アホダラ教がもたらす迷走が金融市場機能不全と日本沈没をもたらす いちろうちゃんのブログ

 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-8a9e.html

 

(関連)松尾匡立命館大学経済学部教授の「レフト3.0の政治経済学」(新刊書)や「反緊縮政策論」(『週刊金曜日』)のどこに問題があるのか いちろうちゃんのブログ

 http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-7f22.html

草々

 

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