「市場問題プロジェクトチーム第2次報告書」に対する申入書
東京都知事 小池百合子 様
2017年8月29日
畑明郎(日本環境学会元会長・元大阪市立大学大学院教授)
坂巻幸雄(日本環境学会元副会長・元通産省地質調査所)
○水谷和子(一級建築士) 連絡代表者:携帯090-7016-0915
各務裕史(元岡山県農林水産総合センター農業研究所副所長)
2017年6月11日の「豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議(以下、専門家会議)」は、傍聴者との質疑中に一方的に会議を打ち切り、豊洲市場の土壌汚染追加対策を強行決定した。これを受けて6月20日に、小池知事は「豊洲移転、築地再開発」を表明した。つまり、豊洲地下の追加対策により、地上の安全は確保できると判断し、6月22日の「豊洲移転に関する関係部局長会議」で追加対策工事の実施を正式に決めた。そして8月10日、都の「市場問題プロジェクトチーム(以下、市場PTと略)」は、第2次報告書を小池知事に提出したが、これまで「豊洲の無害化が豊洲新市場開設の前提だ」と説明してきた都の方針を撤回し、あらたな移転方針が示された。新たな方針は、専門家会議が提案した追加対策工事を実施することで、地上の安全を確保し、地下水管理システムの機能強化で中長期的に汚染地下水の水質改善をはかるとした。
私たちは、第2次報告書には多くの問題点があり、豊洲での食の安全・安心は確保できないと考え、問題点を下記に示すとともに、小池知事に以下の申し入れをする。
1.市場問題プロジェクトチームの役割
2017年6月13日に小池都知事へ提出された市場PTの第1次報告書では、豊洲市場への移転と築地市場での再整備の両案を比較し、築地再整備は工期が最大7年、費用は最低878億円で可能とする一方、豊洲市場へ移転すると年間92億円の赤字が続くことを問題視し、築地市場の優位性を強調した。
しかし、都議選直前の2017年6月20日に小池知事が、突然豊洲移転と築地再活用を打ち出した。築地市場を5年後を目途に再開発し、「食のテーマパーク」とするというが、具体的ではなかった。つまり、市場PTの第1次報告書は小池知事に無視されたにもかかわらず、「都知事が政策決定を行った以上、公務員はその政策を遅滞なく実現することがその役割である」とし、市場PTは公務員でなく、土壌汚染の専門家でもないのに都知事の決定をフォローする第2次報告書を取りまとめた。
第2次報告書では、これまで「豊洲の無害化が豊洲新市場開設の前提だ」と説明してきた都の方針を撤回し、あらたな移転方針が示された。新たな方針は、専門家会議が提案した追加対策工事を実施することで、地上の安全を確保し、地下水管理システムの機能強化で中長期的に汚染地下水の水質改善をはかるとした。
2.「豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議」の取りまとめ
「豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議(以下、専門家会議と略)」は、市場PTと異なり、報告書を取りまとめず、会議資料のみを残している。
専門家会議の取りまとめでは、「地下ピット内への水銀等ガスの侵入の防止又は抑制と地下ピット内の換気を組み合わせた対策を行うことにより、将来建物1階部分の床(コンクリート)のひび割れ等が生じたとしても1階で空気中の水銀等ガス濃度が上昇することがないようにする必要がある」としている。
このように、コンクリート構造物のひび割れと劣化を認めながら、地下ピットにおける水銀等ガス侵入を防止するために、現在、砕石層がむき出しになっている地下ピット床に特殊な遮蔽シートを敷き詰めるのではなく、コンクリートを敷き詰めようとしている。その理由は、工期短縮と費用節減である。コンクリート床で水銀等ガス侵入を完全に防止することは困難であり、地下ピット内はもちろん、地上建物内も安全ではない。
3.地下水管理システムの機能強化
専門家会議の取りまとめでは、「①地下水管理システムの機能強化を図り、早期に目標管理水位(AP+1.8m)まで地下水位を低下させるとともに、地下水位上昇時の揚水機能を強化する必要がある。②地下水管理システムによる地下水位上昇時の揚水処理により、汚染地下水を徐々に回収し、地下水汚染を徐々に浄化していくべきである。」としている。
しかし、土壌汚染対策の前提であり、地震時の液状化対策の観点からも重要な地下水位をAP1.8m以下に維持するという目標は一度も達成されていない。すなわち、専門家会議が再開された2016年10月以降、揚水処理を開始したが、2017年8月現在でも平均でAP2.8mもあり、目標水位を1mも上回っている。地下ピットに限れば2016年12月以降AP2.5mの砕石層上面に溜まった地下水を強制排水したので、2017年3月以降、2.5m前後となったが、AP2m以下にはなっていない。
市場PTは、地下水位が低下しない原因として、「都の中央卸売市場は、豊洲のような液状化対策を実施し透水性が低下している地盤で地下水管理システムによる地下水汲み上げが行われた実績はない。地下水管理システムの設計後に液状化対策が実施された」と、液状化対策による透水性低下としている。
しかし、液状化対策実施以前の問題として、井戸への湧水量は周囲の地下水位の高さと土壌透水性に依存しており、湧水量がごく限られる透水係数が10-4cm/秒オーダーの土壌においては、井戸揚水工法は地下水位低下工事として適用すべき工法でないとされている。豊洲市場帯水層の透水係数は液状化対策前でも10-4オーダーであり、現状が設計の10分の1の揚水量に留まっているのは至極当然なことであって、井戸揚水工法としては元々無理な設計と言わざるをえない。
実施された主な液状化対策は多数の砂や礫の杭を地中に築造したものである。杭周囲の土壌は締め固められて透水性が低下する一方、砂・礫杭は透水性が高いため、地下水の縦浸透は助長されるが、横浸透は悪化する。
これらのことから
①井戸揚水の強化策は、土壌透水性が低いという根本問題を認識しない的を外した策であり、大きな効果は見込めない。
②液状化対策工事によって地下水の縦浸透は、砂・礫杭が水道(みずみち)となって促進されるが、横浸透は阻害されるので、深層地下水の横流動は極々限定される。
③液状化対策によって帯水層の透水性が悪化したのなら、深層地下水の横流動が極々限定される状況下で、「9回目地下水モニタリングでの急激な汚染濃度上昇の原因が地下水管理システムによる地下水の側方流動にある」とすることは無理があり、8回目までのモニタリング調査結果がなおさら疑われる。
④「揚水処理により、汚染地下水を徐々に回収し、地下水汚染を徐々に浄化していくべきである。」とするが、汚染土壌を大量に残したまま、地下水流動が極々限定される状況では、汚染の浄化は期待できない。とりわけ、外部より地下水位の低い建物下の汚染地下水が、地下水位の高い揚水井戸方面に向けて流動することはありえず、揚水処理が建物下の汚染浄化に貢献しないことは明白である。
⑤砕石層の透水係数が土壌並みに劣る10-3オーダーであるため、表層地下水の側方流動が限定されて排水と地下水位の平準化が進まないばかりか、毛細管現象が遮断されてないため汚染物質の浸透上昇も生じる状況となっている。
4.土壌汚染のある土地における安全・安心の確保
市場PT第1次報告書は、「操業由来の汚染土壌をすべて除去することは、専門家として約束できるものではない」とし、第2次報告書でも、「現実にも、土壌汚染対策の効果をモニターする2年間地下水モニタリングにおいて、…環境基準を超える値が測定された測定点もあり、豊洲市場敷地の操業由来の汚染土壌が『すべて』除去されているわけではないことが明らかとなった。よって、『無害化』は安全安心の観点からは最も望ましい目標ではあるが、現実的に客観的に達成できる目標ではない。」とした。
つまり、都が豊洲新市場移転の条件として都民や築地市場関係者に約束していた「無害化」目標を放棄した。そして、第2次報告書では、「豊洲市場用地は、法律的・科学的には安全であり、被害が生じているわけでもないので、ことさら「安全宣言」というのも奇妙であると考える。」と開き直っている。「他方、市場関係者の不安は大きいので、市場PTは、『安全宣言』という単発的な対策ではなく、継続的な情報発信とPDCAサイクルによる評価改善方策を提案する」としているが、これは、開場後の問題頻発を暗示している。市場の円滑な運営のためには、関係業者の求める安全宣言は極めて当然かつ重要なものであり、「安全宣言は奇妙」ではなく、できない状態と言うべきである。
5.PDCAサイクルの評価
Plan-Do-Check-Actの頭文字を取ったこのPDCAサイクルという代物は、政策実現を目指すためのマネージメントサイクルの具体的手法として、ごく一般的なものであり、この場合でことさらに強調されるのは、いささか奇異な感じがする。逆に、ここでこれだけ強調されることの背景としては、これまでPDCAサイクルが実行されてこなかった事実があることを指摘しなければならない。
典型例は、盛り土問題である。専門家会議で盛り土の提案(P)はあったが、引き続く(D)は、DoのDではなく、Do notのDだったために、その先のCにもAにも展開できなかった。その結果、操業由来の汚染の完全除去は不可能として、「無害化」という公約を取り下げざるをえなくなり、都民や市場関係者の不信感は増大した。その根源は何と言っても石原都政のP段階の杜撰(ずさん)さにある。
今となっては、「築地は守る、豊洲は活かす。」という聞こえの良いスローガンに頼って豊洲移転を強行すれば、新たに生まれる不信と矛盾は膨大なものとなることは自明である。不幸にして「築地は安楽死させる。豊洲は汚れたままにする。」事態を未然に防止するには、この際、最初のP段階、つまり移転計画着手前の段階からの徹底的な見直しをすることが不可欠である。
6.豊洲の安全性は、「科学的に」確かめられたのか?
専門家会議の資料類を中心として膨大なデータが公表されているが、残念ながらそれらによって安全性が確保されたことにはなっていない。それはデータの解析がきわめて不充分だからである。これらの点については、専門家会議の最終局面で傍聴者から厳しい質疑が行われる予想があったが、平田座長はこれを避けるために休憩後の発言を一切認めず、一方的に閉会を宣言して幕を引いた。
一番重要な地下水質をみると、汚染水の判定は、ベンゼン、シアン、水銀、ヒ素などで行われているが、一般水質、pH、導電率などは、それらが自然水としては極めて異常な値を示すにもかかわらず、その原因については解明されていない。また、汚染物質の三次元的な分布形態や濃度の時間的変動、その原因についても検討が不足している。特にヒ素は、自然由来のものがあるとして、操業由来のヒ素の検証を怠っている。ポンプ揚水を半年以上行なってもAP1.8mの目標水位が達成できていない原因の説明も説得力を欠く。
つまり、P段階の最初の詰めができていなかったために、D段階の測定自体も、C段階の解析も、粗雑極まりないものになってしまった。このような状況なのに、「科学的に安全が立証されている」と、主張することは誤りも甚だしいと言える。
7.現時点で「法律的・科学的に安全」なのか?環境省・健康リスク発生経路の考え方
環境省は、『改正土壌汚染対策法の概要と留意点』において土壌汚染による健康リスクの発生経路を前図のように示している。この「健康リスク発生の経路」を遮断できるかどうかが安全性の指標となり、この議論に欠かせないと考える。
① 汚染土壌の摂食(飛散による土壌粒子の摂食を含む) →直接摂取リスク
② 汚染土壌に接触することによる皮膚からの吸収 →直接摂取リスク
③ 汚染土壌から溶出した有害物質により汚染された地下水等の飲用等→地下水等経由の摂食リスク
④ 汚染土壌から大気へと揮散した有害物質の吸入(土穣汚染対策法では数量の規制は設けていないが、知事が命じることのできる施行方法に関する一定の基準「1汚染土壌や特定有害物質の飛散、揮散又は流出を防止するために
必要な措置を講ずること」として、「揮散」を位置付け)
⑤ 有害物質を含む土壌粒子の公共用水域への流出→魚介類への蓄積→人の摂食
① ②→地下ピットに盛り土がないため、シアン化合物や鉛などの汚染土壌粒子は、地下水と共に砕石層からピット内に侵入、直接摂取リスクあり。ピット内設備配管チェックのための立ち入りあり。③→リスクなし。④→地下ピット内および外部有害物質吸入のリスクあり。⑤→パイピング現象による海への土壌粒子流出の危険あり。活魚の生簀等に利用するための海水取水(6街区)。
現時点で「健康リスク発生経路」が遮断できていない①、②、④、⑤がある以上、「安全」の根拠はないと言える。①と②については、地下ピットに盛り土がないため、シアン化合物や鉛などの汚染土壌粒子は、地下水と共に砕石層からピット内に侵入、直接摂取リスクあり。④は、地下ピット内および屋外で有害物質吸入のリスクあり。⑤はパイピング現象による海への土壌粒子流出と、活魚の生簀等に利用するための海水取水による間接摂取のリスクあり。また地下水位が上がり、地表に到達すれば①、②のリスクも伴う。
8.まとめ
地下ピットのコンクリート床で水銀等ガス侵入を完全に防止することは困難であり、地下ピット内はもちろん、地上建物内も安全ではない。また、的外れな揚水処理強化による地下水位低下と汚染浄化も困難なばかりか、砕石層の機能不全により毛細管現象による汚染物質の浸透上昇や、周辺への拡散の恐れすらある。このことは、「汚染実態の解明をおろそかにしたままでの除染計画などは本質的に無謀で、早急に豊洲からの撤退を!」と言い続けてきた私たちの主張の正当性を改めて示すものとなっている。
最近、豊洲新市場の売場棟内の96店舗で大量のカビが発生した。都は原因について「長雨、台風などで湿度が上昇したため」と説明しているが、「地下水位が高く、地下水の上に建物が立っている状態にあることも原因となりうる。ベンゼンや水銀など揮発性の高い汚染物質がカビに付着している可能性もあり、調査が必要である」と考える。
民間では赤字部門は切り離し優良部門のみで経営するのが常識である。第1次報告書で指摘があったように豊洲市場では莫大な赤字が発生する。その穴埋めに築地市場を利用するという案は民間では考えられない案である。
これらのことから、豊洲市場の安全・安心の確保は不可能であり、ただちに移転を取りやめて、第1次報告書で優位とされた築地市場の再整備を図るべきである。
以上
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