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2017年8月27日 (日)

(他のMLでの議論です)松尾匡立命館大学教授「<経済政策提言レポート> 普通のひとびとが豊かになる景気拡大政策——安倍自民党に野党が勝つために」についての議論

前略,田中一郎です。

 

このほど、松尾匡(ただす)立命館大学教授が公表した下記「<経済政策提言レポート> 普通のひとびとが豊かになる景気拡大政策——安倍自民党に野党が勝つために - People's Economic Policy」について議論を行いました。現在進行形の民進党代表選挙や、実施が近いとされ始めた次期衆議院選挙の際に、アベノミクスに代わる経済政策を考える場合の参考としていただければ幸いです。下記は私が発信したメールを一部修正して、このメール用に書き換えたものです。元々のメールに修正を入れておりますが、私が主張したかった主旨は全く同じです。

 

●<経済政策提言レポート> 普通のひとびとが豊かになる景気拡大政策——安倍自民党に野党が勝つために - People's Economic Policy

 https://economicpolicy.jp/2017/08/13/921/

 

実は松尾匡氏には近著があり、下記の金子勝慶應義塾大学教授との共著の中でも同様の主張がなされています。時間と余裕がある方はご覧になるといいと思います。

 

(関連)●ポスト「アベノミクス」の経済学 転換期における異議申し立て-金子勝/著 松尾匡/著 立命館大学社会システム研究所/編(かもがわ出版)

 http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033611825&Action_id=121&Sza_id=C0

 

以下はメール転送です。

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<私のメール:その1>

 

松尾氏が主張している「政策提言」で、緊縮型財政政策はやめるとか、積極財政に転換して、その財政支出先を民生に向けよ、といったことについてはその通りだと思います。従来の経済学が(財政支出などの)「量」を論じるだけで「質」(財政支出などの内容)を論じないという欠陥品だったのに対して、同氏は、財政支出拡大の内容を「人々の日々の生活改善に直結するものに集中投入せよ」として、財政や経済の「質」を論じている点について、大いに評価できると思います。

 

問題は、その財源のファイナンスの問題です。松尾氏は、税制についての関心が薄いようで、税制の「質」を問う様子がありません(「様子がありません」というのは表現がきついというご批判もありましたから、税制の「質」を問う姿勢が弱い、と書き換えてもいいです)。「税」という手段をマクロ経済の足を引っ張るものとしか認識していない様子で、従って、税を使わないで、なんと、国債を大量発行してそれを日銀(=中央銀行:以下同じ)に引き受けさせ、それをずっとずっと続けていけばいい、という、黒田バズーガと同じようなことを言っていることです(インフレ・ターゲットを設けて、それをメルクマールにして日銀引き受けをやめると主張しているようですが、それについては実現可能性がないと思いますので、この表現はそのままにしておきます:下記参照)。当然ながらその場合には、金融政策は現状維持のままで超超金融緩和ということになります(マイナス金利までは言っていなかったと思いますが)。

 

これについての判断が求められます。私は見方は、やはり「×」です。一時的ならばともかく、日本の無意味に近い金融緩和は、もうかれこれ20年近くになります。景気や物価や日本経済の回復に効果などない中で弊害の方が大きくなっています。金融政策は緩和が一定程度まで進めば、それ以上の緩和は景気に対して効果はほとんどありません。まして、日銀にブタ積みされているだけの預け金をいくら増やしても意味がないだけでなく、それに日銀が金利を付けることで、金融機関に対する巨額の補助金供与になっているのです。

 

そして更に、国債の日銀引き受けの長期化です。松尾氏によれば、さしあたりプライマリーバランスの均衡さえも目標にしなくていいというわけですから、基本的に低成長経済の下では民間の国債保有増には限界がありますから、日銀が引き受けて保有する国債は結果的にどんどん青天井で増えていくことになります。問題はそれで大丈夫なのか、ということです。

 

(参考)緩和策「副作用積み上がった」、木内前日銀審議委員(朝日 2017.8.26

 http://www.asahi.com/articles/DA3S13103179.html

 

(1)私が何度も申し上げております通り、日本では、本来税負担をすべき大企業や富裕層・資産家たちが税負担を回避してしまって、それぞれに巨額の富のストックが積み上がりつつあります。大企業なら内部留保であり(総額で300兆円を超えたそうです)、富裕層・資産家であればタックスヘイブンなどに隠した財産ということになります。その対極に、税収不足を恒常化させた政府ファクター(政府+日銀)が債務を積み上げるということになります。つまり、大企業の内部留保や富裕層の隠し資産と日銀保有の国債とが両建てで積みあがっていくということです。私はこれは許せんな、と思います。

 

国の債務は、国内だけで完結している場合には、松尾氏が言うように、その底だまり部分は「ないものと同じ」(永久債)と「みなす」ことは可能かもしれません。しかし、国債が際限なく積みあがっていっても、どうということはない、というのは、ちょっと断言できないのではないかと思います。つまり、どこかに国債や日銀券には「信用の天井」があるように思われるのです。それは下記の海外要因を除けば、たとえば巨大災害や原発事故、あるいは巨大事故(バイオ・ハザード等)や外国での金融恐慌などを契機に一気に表面化し、国家財政破綻の悲劇が突如として実現することになると思われます。簡単に言えば、日本国債や日銀券が「紙くず」になるときです。つまり潜在的な巨大な日本経済のシステミックリスクを背負うことになるということです。

 

松尾氏も言及されるように、こうしたことになる可能性は低いのですが、しかし、そうしたリスクの抱え込みを前提にした処方箋はいただけないということです。原発のリスクはとらない、とよく似ています。既に日銀の保有国債は日本の名目GDPの約500兆円に近づいています。日銀の資産が膨張しています。異常です。日銀や円に対する信認・信用に、ひそかに、徐々に徐々に、危機が迫っています。こんなことは、もう直ちにやめるべきです。

 

(この「日銀による国債引き受け」論は、森永卓郎氏も下記の著書で強く提唱しています)

●消費税は下げられる! 借金1000兆円の大嘘を暴く-森永卓郎/〔著〕(角川新書)

 http://ur0.work/FulO

 

(2)もう一つは海外要因です。海外要因の最大のものは円相場=日本にとって恐怖なのは、実は円高ではなくて円安、しかも、とめどもない円安です。言い換えると、円という通貨=円で代表される日本経済の海外からの評価がガタガタになるというリスクの顕在化の可能性です。円安が極端に進めば、申し上げるまでもなく、海外からのさまざまな輸入は困難になり、日本経済の海外依存度の高さ(海外諸国に比べて比較的低いとはいえ)が無視できな今日、物価はハイパーインフレを引き起こす可能性が高いです。特に自給率が40%を切っている食料の確保が非常に懸念されます。こうしたことは日本国債が海外投資家によって多く買われてしまうと起きやすくなります(今は海外投資家の日本国債保有は大した割合ではないようですが)。また、それにつられて長期金利が上昇していくことになるでしょう(逆に国債の価格は暴落)。

 

上記で既に申し上げた外国での金融恐慌もまた、パニックの引き金の可能性として考えられます。2008年のリーマンショックが日本経済とはそれほど深く直接的な関係があったわけではないのに、その後の経済への影響・経済の落ち込みは世界でもトップクラスでした。今日の日本経済の脆弱性をいみじくも表していたのですが、ともあれ、日本経済がパニック状態になり、政府・日銀の財政政策や金融政策ではどうしようもなくなる事態そのものは、上記の(1)と変わりません。きっかけが、(1)は国内、(2)は海外要因、ということです。

 

上記から、私はやはり松尾氏の議論には賛成できません。財務省が言うような財政均衡主義を取る必要はありませんが、やはり、応能原則で、しかるべき税をしかるべきところから徴収したうえで、極力、今の極端な財政赤字状態は改善しながら、財政運営・経済運営をしていくべきでしょう。国債の日銀による直接引き受けはやめるべきですし(市中からの購入はOK)、黒田日銀のような無意味な金融緩和=バズーガ政策もやめるべきです。日銀は保有する国債の量については、一定の節操をもっていなければいけないと思います(さらに申し上げれば、日銀が購入してはいけない資産があります。黒田バズーガが大量購入している上場投資信託(ETF)や証券化商品などです)

 

それともう一つ、松尾氏に弱いのが税制改革の視点です。上記で申し上げたとおりです。税という国や自治体の支出を支える負担は「公正」な形でなければなりません。「公正」さは、一つには、所得分配や経済安定や資源配分などの税財政の機能として、従って、仕組み・制度として「公正」であるとともに、脱税や意識的な納税回避行為は許さないという、税制度「運営」の在り方の「公正」さがあります。「森友学園問題」や「加計学園問題」にみられるような「私物化税制」「お友達税制運営」は許されないのです。財政支出の在り方を問題にしている松尾氏が、税制の在り方=財政資金の調達の在り方については無頓着の様子なのは解せない話です。同氏が消費税について、あまり抵抗感を感じていないのも、そうしたところにあるように思います。不景気時には消費税(率)を下げる、のではなくて、消費税は奢侈品物品税に移行した上で廃止です。

 

論点としては、大きなところで2つばかり申し上げました。

(まだいろいろあると思います)

草々

 

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<私のメール:その2>

 

次に、松尾氏の議論をテーマ別にみてみます。

1つ目は、日銀の国債引き受けについて

2つ目は、大企業や富裕層への課税はやるべきだし、やればいいが、それだけではたりない、取りすぎれば景気悪化を引き起こす、という点について

3つ目は リフレ政策は重要で、欧州左翼も主張している、という点

4つ目は、「財政赤字」について固定観念を抱き、金融経済政策の選択肢を考慮せず税制の面からのみ考えるから、社会保障の財源を集めるには消費税も含めて「広く薄くとるべき」という発想になりがちではないか、という点

 

まず4つ目については、その通りだと思います。財務省の財政均衡主義的な発想は、いわゆる「合成の誤謬」やケインズ経済学が切り開いた考え方を考慮に入れない、視野狭窄の判断だと思います。日本における「我慢大会」(雨宮氏)的発想やセクショナリズム的行動様式も反映しているかもしれません。

 

問題は残りの3つです。

1つ目の、日銀による国債引き受けを続けていく、という点については、財政難の時代の一時的なものだというのであれば、どこでそれをやめるのか、しっかりと論じていただかないといけません。

 

それは3つ目とどうも関係しているようで、回答の1つとして、「決して「財政ファイナンス」が無制限に行われるべきだと言っているのではない。物価安定目標(インフレターゲット)は守られねばならず、物価上昇率がそれを超えた場合には、金融引き締めや、増税を伴う財政再建策を進めることを求める」が用意されているようです。

 

しかし、私はまず、「物価安定目標(インフレターゲット)は守られねばならず」がリフレ派の「インフレターゲット論」を意味しているのなら、それはダメだと思います。歴史を振り返ってみて、およそ日銀が「物価安定目標(インフレターゲット)」を達成し、物価のコントロールに成功した経験など一度もありませんから。今日に至るバブル崩壊後のデフレの時代も全然だめですが、インフレ時代だった19601990年の過去についても、振り返ってみるといいと思います。ましてや、ハイパーインフレが起きる時に、それを未然に予測して、日銀が強力な金融引き締めに入るなどと言うことは、まず無理だと申し上げておきましょう。ハイパーインフレの可能性が出てくるということは、日本の財政構造が、巨大な規模で国債の日銀引き受けに依存するということですから、それをいきなりやめるとか、大きく縮小するなどと言うことは、とてもできるものではありません。また、私の予測では、ハイパーインフレの契機は突然やってくるので、その突然の出来事に対して、それまでやってきた財政ファイナンスの方法を、一気に大きく変えるということもまた、できるとは思えません(注)。つまり、いざとなれば「金融引き締めや、増税を伴う財政再建策を進める」というのは、まだ起きていないことを軽く見て、国債の日銀引き受けの継続という危険な方法(日本経済に重大なシステミックリスクをもたらします)の言い訳に使っているにすぎません。

 

そもそもリフレ派のインフレターゲット論は、デフレ経済に対する処方箋ですが、デフレや不景気を「貨幣的現象」と見ている点で決定的に間違っています。だからうまくいかないのですが、リフレ派的な金融政策が20年近くも失敗を繰り返しているの、まだやめようとはしませんね。もはや彼らの議論は「科学」でなく、単なる「根性論」です。日銀(中央銀行)が気合を入れてインフレ率はこれにする、と言えば、そうなる、というたぐいの考え方で、よく少年漫画に見られる「根性モノ」マンガのようなものです。歯を食いしばることに美学を感じているのでしょう。

 

松尾氏は「金融政策技術が高度化した今なら、インフレターゲットと物価安定目標の達成は可能だ」と考えているようですが、それならば、いつまでたっても達成できない今の物価目標は何故なのでしょう? 今の日銀の政策は技術的な問題に過ぎないのでしょうか? 私はそうは思いません。物価目標が日銀政策(金融政策)で実現できるという認識が間違いであって、それはインフレやデフレを貨幣的現象と認識するところに誤りがあります。金融政策を過信してはいけないのです。物価のコントロールは、金融政策だけではできませんし、すべての政策を投じても完ぺきではありえません。マクロ経済とその政策は「マシーン」ではないのです。

 

(注)インフレターゲット論と日銀による国債引受の限界点

 日銀の国債引き受けに過度に依存した財政構造を持ってしまうと、インフレ率が目標を超えたから、はいやめます、などというわけには絶対にいかないし、いけない、ということです。また、インフレ期待が人々の経済行動にいかほどの影響を与えているか・与えるかも不明です。当分の間は、ほとんど関係がないとみていいだろうと私は捉えていますし、おそらく多くの人々の関心も薄いでしょう(将来、ハイパーインフレになれば違ってくるかもしれませんが)。従って、インフレ目標をどう決めるかなどは、さしあたり日銀が決めておけばいいのです(金融政策の目標設定とその説明責任を果たすため)。1%と前原誠司は言っているようですし、それが2%でも、まあいいでしょう。実体経済が変わらない限り、そんなものはどうでもいいというと語弊がありますが、さしあたりどうでもいいのです。不況期における金融政策は「邪魔にならなければいい」程度です。

 

それからリフレ派は、金融政策当局がマネーサプライのコントロールができると見ている点も誤りでしょう。マネーサプライと景気=経済活動の規模との関係は、鶏と卵の関係の様なもので、どちらが先かは一概には言えません(景気が先行し、マネーサプライは後からそれを追いかける、ということをだいぶ前に耳にしたことがあります)。ましてや、日銀がマネーサプライをコントロールして景気てこ入れをするなどと言うのは、半分夢物語とみておいていいと思います。マネーサプライには現金通貨と預金通貨がありますが、預金通貨の供給源は(銀行等による)信用創造ですから、信用創造は日銀が直接コントロールできるものではありません。また、現金通貨の供給(預貯金の引き出し)については、日銀は「言われるがまま」に発行するしかないのです。日銀の量的金融政策をヘリコプターマネーと勘違いをしてはいけないのです。マネーサプライ政策や金利政策も含め、金融政策は、景気の回復という政策目標に関しては「脇役」=つまり、景気回復政策の邪魔をしないで、それがスムーズに回るようにマネーの状況をしっかりと監視・管理しててね、という程度のものです。景気回復なり経済の回復・拡大なりの処方箋の主力部隊は金融政策以外に求めなければいけません。(最近は、マネーサプライといわずにマネーストックと言うようです)

 

それから、量的金融緩和と言いますが、それは明らかに行き過ぎていて、既に申し上げていますように、日銀が供給した(ハイパワード)マネーは日銀に預け金としてブタ積みになっているだけです。その経済的効果は大手銀行に対する国からの補助金(預け金利息)の交付です。こんなこと=つまり量的金融緩和などは適度にしておくことで十分であり、日銀が国債を継続的に引き受けて巨額の国債を資産として抱えてしまうとか、ETF(上場投資信託)や証券化商品を巨額に買い入れるなどと言うことは、すべきことではありません。金融政策は、ある一線からは景気対策としては無効であり、やりすぎはマイナスにしかなりません(たとえば公的年金や金融機関の運用手段がなくなり、公的年金の収支状況が悪くなって給付の減少・掛け金の上昇につながったり、金融機関の経営悪化が景気を逆に悪くするなど)。黒田日銀は、そのやりすぎを更にやりすぎにしているバカ者で、そのココロは安倍晋三首相官邸への「媚びへつらい」であり「忖度」です。

 

(誤解のないように申し上げますが、かように申し上げても、私は日銀は物価目標は持つべきである、と考えています。それは日銀の政策のスタンスを決める重要な指標になるからです。日銀が自身の金融政策の説明責任を果たす一つのツールと言ってもいいでしょう。しかし、だからといって、日銀が物価をコントロールできると過信してはいけないのです。また、物価が経済政策の最高の地位にあるわけでもありません。経済政策は、金融政策と財政政策と社会政策の、3つを総合的に勘案して評価され遂行されるべきです。金融政策は有効だが財政政策は無効だ、などというマネタリズムの口車に乗るわけにはいきません)

 

それから、2つ目は、当面する政策課題に対しての財源確保については、大企業や富裕層・資産家に対する課税だけでは足りないとは私は見ておりません。まず、つべこべいわずに、税制と税制運営を適正化していただけませんか、と申し上げています。それにより、少なくとも2桁兆円の税増収はほぼ確実です。これを、松尾氏がおっしゃる「民生」への集中投入に使っていただけませんか、ということです、ここでやってはいけないことは、普遍主義的な財政政策であり、ベーシックインカムという「たわごと」です。普遍主義的な財政政策を社会保障や社会政策に入れていく場合は、時間をかけて十分に検討をし、税制のゆがみを正すだけでは普遍主義的な政策の財源は確保できないことを明らかにし、受益と負担のあり方(更には経済弱者への十分すぎるくらいの配慮や生存権保障の理念)についても十分に配慮の上、やっていくべきです。私が普遍主義的な財政政策を当面は駄目だ、と申し上げているのは、そういうことをやる前に、やるべきことがあるでしょ、という意味です。それは税制とその運営の歪みを正し(なみの歪みではないのです)、それと同時並行で、民生を安定化させていく、日々の生活の改善を支援していく形で財政資金を使うことで、デフレや不景気からも脱出がはかれるということです。また、そもそも、非正規雇用の拡大とともに理不尽極まる「貧困」が日本全体を覆い始めていますから、今すぐにでも対策をしないと経済苦から自殺や家庭崩壊につながる社会層が形成されていることも、「先にやるべきことがある」の大きな理由です。

 

松尾氏にない視点としては、産業構造とビジネススタイルの転換や非市場経済の重要性も挙げておきましょう。脱原発とエネルギー革命、重厚長大産業からの脱皮、大量生産・大量消費・大量廃棄との決別、分散型ネットワーク社会の形成と地方分権自治・地域経済の復興、市場原理主義との決別、など、上記で申し上げたことと並行して政府や自治体が取り組むべき課題は多いです。それが、税制の歪みを放置したまま消費税への傾斜がなされることで政治的に行き詰り、いびつな財政・金融の政策構造ができてしまっている点に、現代日本の病理があると思います。財務省の「財布(国庫)のつじつま合わせ」がそれに拍車をかけています。言い換えますと、21世紀の日本にとって、政府・自治体や政策がなすべき課題が多いのに、財源問題が大きな理由となって手が付けられていないということです。

 

私の主張は、松尾氏の議論の全否定ではありません。日銀の国債引き受け、リフレ派的発想、税制の歪みへの問題意識の強さの問題と消費税の肯定、日本の中長期的な経済・産業・社会のビジョン(あるいは方向性)の未議論、などに問題があると申し上げています。

 

<追1>

松尾氏の「医療・福祉・教育・子育て支援による景気拡大策のための増税論」ですが、総論的にはそれでいいのですが、その議論が浅いのです。租税政策の重要性の認識が不十分と言ってもいいかもしれません。もっと掘り下げていただかないといけない。だから、そのあと、「法人税の増税と総額で同額の設備投資補助金や雇用補助金を企業セクターに戻します」などという話になり、また「累進強化による所得税増税と総計で同額の一律給付金を家計セクターに戻します」などという話になるのです。こんなことをしたら、「医療・福祉・教育・子育て支援による景気拡大策のため」の財源は何処から出てくるのですか? 結局は、国債の日銀引き受けなのでしょうか? まして「インフレ率が低い間は、このような増税をそのまますると景気が悪化してしまいます」ということなら、まあ当分の間は、大企業・富裕層増税はできないか、増税しても全部戻してしまうということになるでしょう。ダメです、そんなのじゃ。くりかえしますが、税制=徴税をマクロ経済にとって「マイナス」としてしか見ていないから、こういう議論になるのです。景気をよくする方法は、大企業に増税戻しをしなくても、ヘリコプターマネーをしなくても、他に方法はいくらでもあります。

 

それから、企業の設備投資についても、私は統計を詳細には見ていないので、その内容はわかりませんが、手放しで喜んでいいものでもないでしょう。財政支出の中身を問わねばならないように、企業の設備投資についても、その内容をしっかり問わなければいけないはずです。

 

もう一つの別の議論で松尾氏は、金子勝慶應義塾大学教授の議論に対して、

「多くの場合供給能力の発展策は、新自由主義的な競争促進政策と親和的であることに注意しなければなりません。さもなくば、不確実性の高い新技術開発・新産業開拓に公金を投じるスキームでは、見通しの甘いプロジェクトを掲げた者に公金が食い物にされることになりがちです。(中略)そもそも企業に国籍に愛国心もありません。そんなことをしても、おいしいところだけ食い物にして、恩をあだでかえすだけでしょう。」

 

「公金が失敗プロジェクトにつぎ込まれたり、食い物にされたりする危険をどう避けることができるかは難しい課題で、新たなな工夫が必要だと思います。また、やっぱり一部の巨大多国籍企業がネットワーク標準を牛耳って、新しい寡占に終わるかもしれません。そうなることを政策的に後押ししてしまう危険もあると思います。」

 

と書かれていますね。それと同じことが、上記の大企業への増税分の還元についても言えるのです。(それと上記の金子勝慶應義塾大学教授へのコメントの内容は少し的外れと思います:下記参照)。また、富裕層への増税分はヘリコプターマネーとしてバラマケということですが、そういうことこそ、してはいけないことです。早急な対策が求められているところへ集中投入するのが正解です。

 

それから、金子勝慶應義塾大学教授の議論についての松尾氏のコメントですが、金子氏の議論は「新産業育成=新富国強兵論」ではありません。ですので、松尾氏の議論は金子勝慶應義塾大学教授に対するコメントとしては、少しずれています。金子勝慶應義塾大学教授は、(1)原発推進という愚かな政策が、せっかくの新産業=再生可能エネルギー産業の発展の妨害をしている、(2)20世紀型重厚長大産業にいるボンクラ経営者どもが日本の財界を牛耳り、オバカ自民党と組んで、世界でも指折りに遅れた産業政策や経済政策を展開していると批判されているのです。労働法制などはその典型です。まさに毎年、巨額の税金無駄遣いが進行中です。大企業群が国庫を食い物にしております。松尾氏も、金子勝慶應義塾大学教授の処方箋を上記のような形で心配するよりも、今現在の自民党政府の税金の使い方を徹底追及された方がいいと思います。

 

<追2>ベーシックインカムは「たわごと」

 以前にもメールに書きましたが改めて確認しておきます。

 

 1年間で2,000,000円/人(ベーシックインカム)×1億2千万人=240兆円

 この数式だけで、ベーシックインカムなど、ありえない話であることがわかります。

 

 他にもベーシックインカムについては、いろいろあります(下記の「いちろうちゃんのブログ」を参照)。

(1)http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-5603.html

(2)http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/10-cc4e.html

 

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草々

 

 

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