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2017年7月13日 (木)

井出英策氏の議論(=「普遍主義的社会保障福祉政策」)に賛成できない理由:教育無償化は格差を広げる愚策だ(中室牧子 『文藝春秋 2017.8』)より

前略,田中一郎です。

(別添PDFファイルは添付できませんでした)

 

以下は私のメールの転送です(他のMLでの議論です)。

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このMLでは、井出英策氏の「普遍主義的社会保障福祉政策」に人気が集まり、また、依然として「普遍主義」政策でもあるBI(ベーシックインカム)などという典型的な市場原理主義政策に幻想を持つ人も少なくないようですが、私はいずれも今日的な経済・財政事情の下では誤りであると考えています。一方で、こうした「普遍主義」の諸政策の財源に消費税増税を使うことについて、あまり批判的な観点がないようにも感じられることは「誤りの倍化」をもたらしているとも考えております(まさに税金を集める方も使う方も、ともに市場原理主義の言う「フラットニング」の徹底の様なものです)。以下、今月号の『文藝春秋』(20178月号)に掲載された下記論文を事例に、簡単にコメントします。

 

●(別添PDFファイル)教育無償化は格差を広げる愚策だ(イントロ部分)(中室牧子 『文藝春秋 2017.8』)

 http://bunshun.jp/articles/-/3169

 

著者の中室牧子氏は「学力の経済学」というベストセラーの本を書いた慶応大学の教授で、肩書は「教育経済学者」となっています。私はこの『文藝春秋』の論文に出会うまでは、全く同氏のお名前も何も存じ上げない方でした。教育経済学などと言う研究分野についても初耳です。同氏には、既にいろいろ著作があり、ネット上にもいくつか散見されました。下記にそのうちの1つだけをピックアップしておきます。(同氏に対しては既にいろいろと評価や批判があるのかもわかりませんが、私はそれを知らないでこのメールを書いています)

 

(関連)あいさつ/プロフィール : 慶應義塾大学総合政策学部 中室牧子研究室 教育経済学 エビデンスベーストの教育政策

 http://edueco.sfc.keio.ac.jp/profile.html

(関連)中室牧子 貧困家庭の子を支援すべき本当の理由 中室牧子 「学力」の経済学 日経DUAL

 http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=9735

 

それから、社会保障・福祉政策における「普遍主義」と「選別主義」という言葉については、下記サイトを参照するといいのではないかと思います。私は「普遍主義」の方はともかく、「選別主義」などと言う言葉は不適切表現ではないかと思います。「普遍的給付型」と「受給者限定型」くらいの表現でいいでしょう。「共存型」と「救済型」という言葉遣いをする方もおられるようですが、これも適切ではありません。社会保障・福祉政策は「受給者の権利」(生存権)として展開されるべきですから「救済」=「権力の施しもの」ではありませんし、受給者を限定してもしなくても「共存型」であることに違いはありません。社会保障・福祉政策自体が「共存型」であるからです。

 

ここ数十年くらいの市場原理主義経済学者どもは、言葉(経済用語)にイデオロギー的なバイアスをつけて「印象操作」をしながら議論を進めるという姑息なことをしておりますから、みなさまもそれに釣り上げられぬようご注意をしていただきたいと思います(国際取引に関する政策用語に「貿易歪曲的農業保護政策」などという言葉がありますが、私から申し上げれば、何をアホなことを言っておるのかということです。それも言うなら「農業歪曲的貿易政策」です。何故なら、農林水産業の基本は地産地消であり、グローバリズムの押付けによる貿易政策はその農林水産業の基本中の基本を押しつぶすからです。また、我々の生存にとって、農林水産業と貿易のどちらが重要なのかと申しますと、それはもう当然ながら農林水産業ですから、貿易を農林水産業の上に置くような概念構造はいただけないということです)。

 

(関連)愚者一得 社会保障での「普遍主義」と「選別主義」

 http://drhashimoto.blog97.fc2.com/blog-entry-168.html?all

 

さて、それで、ご紹介した中室牧子氏の『文藝春秋』掲載論文ですが、この論文の題名「教育無償化は格差を広げる愚策だ」というのは、どうもちょっと挑発的すぎて、論文の内容を適切に表現しておらず、不適切ではないかと思います。「教育行政に科学的な評価と判断を、高等教育の一律無償化よりも就学前教育の供給側拡充を」くらいでいいのではないかと思います。みなさまには、別添PDFファイルの切れ端だけを見てご判断されずに、ぜひ原本にあたってお読みになってお考えくださればと思います。

 

私が見たところ、書かれている内容は、いたってまともで、もっともなことだと思いました。下記に簡略に箇条書きに要約してみますと、

 

(1)財源を効果的に使うには、教育予算は、高等教育(高校や大学)の無償化(一律にやると3.7兆円かかる)よりも就学前教育を重視する投資を優先せよ

(2)高等教育への政策支援は、給付型奨学金の大幅拡充(その他にも授業料減免制度や無利息奨学金など:田中一郎追記)で対応すればいい

(3)就学前教育機会の一つである保育園は、量の確保だけでなく、質の向上を図ることが必要・重要で、これに費用が掛かる

(4)子育て世代への現金給付(破たんした民主党政権の「子ども手当」がその典型)よりも教育を供給する側への政策支援が必要

(5)一律の現金給付は、子どもたちへの教育にその給付されたお金が回されるとは限らない(親のパチンコ代や世帯の生活費に消える可能性)

(6)教育政策については、政策意思決定者の個人的な経験やドタ感に頼るのではなく、科学的な検証とそこから導き出せる根拠のある施策実施を心掛けるべき

 

私は、受給者を限定しない「普遍的給付型」の社会保障・福祉政策は、今の税制と財政が市場原理主義的な政策でガタガタにされている現状では、非常に限定されたエリアでの活用にしておくべきだろうと思います。また、中室牧子氏が指摘しているように、教育費として全世帯に一律に「子ども手当」のような形で給付することは、現状の「教育格差」を広げる方向に作用する可能性が高いなど、その政策効果もよく考慮してなされるべきでしょう。そして、急ぐべきは、一刻も早く政策支援をしなければ、存亡の危機にかかわるような深刻な事態に陥っている社会の現状があちこちに散在していることに対する施策・政策であり(貧困母子・父子家庭や単身高齢者への対策など)、それに対して、しっかりと厚みのある、しかし受給者は本当に困っている方々に限定された政策支援や給付がなされるべきでしょう。まずは緊急対策から始めて、その次に、税制の抜本的な立て直しと産業構造を含めた日本の産業や経済のリフォームに着手しつつ、何を普遍的な、何を限定給付的な、それぞれの社会保障福祉や行政サービスとしていくのか、熟慮すればいいと思っています。

 

私が井出英策氏の議論に賛同できないのは、その根拠が、甘い言葉でカモフラージュされて、ボケてしまっていること、言い換えれば、日本社会のおかれた厳しく、かつゆがみ切った現状に対しての認識が甘すぎるからです。多くの有権者・納税者が重税にあえいでいる中で、のうのうと一銭の税金も納めない巨大企業や一握りの富裕層がいること、あるいは、日々の生活に追われて身を粉にして働き、健康までもを害し、家族のだんらんの時間さえも奪われるような貧困に追い込まれている人々が大量に発生している一方で、全くの不労所得でルンルンの生活を送り、あらゆる社会改善に対して反対をし、また、グロテスクな政策を押し付けてくる特権階級の連中がいるという、この「新階級社会」の生々しさを直視せず、きれいごとばかりを並べているからです。お人好しの経済学では、厳しい現実には太刀打ちできないと思います。

 

(参考)財政社会学者、井手英策のブログ

 https://ameblo.jp/eisku-ide/

 

「分かち合い」を言うのなら、まずは、その「わかちあい」を「戯言」として一切拒否をしている巨大多国籍企業や特権的富裕層に対して闘いを挑んでみたらどうですか。彼らの独占保有する富(所得)や資産を「分かち合い」しなくて、いったい何を分かち合うのでしょうか。貧乏人が集まり、富を独占するものに対して反乱を起こさぬよう、「分かち合い」の精神で傷口をなめあいながら、平和に暮らせ、巨大企業や大富豪はほんの一握りしかいないから、除外して考えておけばいい、とでもいうのでしょうか。しかし、そのほんの一握りしかいない連中が保有する、所得と資産は、それは莫大なものであることは、すでにみなさまもご存知ではなかったでしょうか。しかもその金額は、目に見える形で表に出ているものだけで、タックスヘイブンをはじめ、水面下に存在する富と資産の偏在は、それは驚くべきスケールになっているのです。

 

今申し上げた、社会政策の「階級的な視点」は、私は今後ますます重要になってくると考えています。みんなで「分かち合いましょう」が、ある程度通用した「幻想としての一億総中流」の時代は既に、とうの昔に終わっているのです。私たちのこれからの社会や経済を、より公正で適切で、かつ暮らしやすいものにしていく場合に、富や資産の分配状況(偏在状況と言ってもいい)や、さまざまな政策・施策の負担の分担における公正性の問題は、最重要な判断の根拠となるものです。また、ここをはっきりとさせることが、有権者・国民の政治選択・政治家選択の基本中の基本にもなる部分あって、井出英策氏のような「日本人はみな等しく(天皇陛下の赤子)臣民」を焼き直したような「分かち合い」「共存」の中で生きていくべきであると主張することは、その判断の基準をボカしてしまうものでしかないと、私は見ています。

 

何か現実の経済や社会を、簡単な言葉や観念で超越できるかのように思うのは、一種の「現代宗教」とでもいうべきものでしかありません。宗教ではなく、リアリズムで事に当たれ、甘言ではなく、シビアな利害認識から出発せよ、これが私が「井出経済学」なるものに申し上げたいことです。

草々

 

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