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2017年1月 8日 (日)

今こそ政治学者・故丸山真男氏の議論再読を! :アジア太平洋戦争で滅び去った大日本帝国への「回帰」を画策するロクでもない連中に騙されないために(1):「日本の古層」と「執拗低音」

前略,田中一郎です。

(別添PDFファイルは添付できませんでした)

 

(最初に若干のことです)

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(今日は政治(学)の話がテーマですので、政治に関する情報を2つばかり)

 

1.(別添PDFファイル)トランプ政権 偏る人脈(朝日 2017.1.8

 http://www.asahi.com/articles/DA3S12737536.html

 

(一部抜粋)

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トランプ次期米大統領は、20日の正式就任まで2週間を切り、新政権の陣容を固めた。政治経験のない「異端児」の組閣には、大富豪(Gazillionaire)、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、将軍(General)という三つの特徴が見られ、頭文字から「3G」政権と呼ぶ声もある

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(このアメリカ新政権を反グローバリズムだとか言って評価する向きがあるようですが、とんでもない話だと思います。この新政権(3G政権:ギャング的政治家も入れると4G)の閣僚メンツを見れば、トランプなんぞに投票したアメリカの有権者が如何に愚かな選択をしたのかがわかるというものです。予断と偏見と差別主義と、その裏返しの成金エリート主義的な優越意識・見下し態度で凝り固まった化石頭のおやじたちのサロンのようです。まもなくトランプ新大統領の就任式があるそうですが、そこに招待された多くの俳優やタレントたちが出席を辞退したり拒否したりしているようで、さもありなん・当然のことと思いますね。

 

 トランプのオレサマ・アメリカ中心主義は、言い換えれば19世紀的な帝国主義的国家戦略を露骨に押し出す危険な主義主張を意味し、これからの世界を非常に不安定で暴力的で抑圧的なものにしていく可能性が高いのです。これは、いわゆる多国籍巨大資本の経済的支配としてのグローバリズムではなく、歴史的反動としての旧式帝国主義跋扈の「再びの旧式グローバリズム」ということになります。この政権がトランプに投票をした困窮白人層を救済する社会政策をまともにやるなどと考えているとすれば、よほどの政治音痴かお人好しということでしょう。アメリカとこれから真正面に対峙していく日本は、アベ自民党のような連中や公明・維新・民進などの中途半端な勢力に牛耳られていて、新たな苦難が待ち受けているような気がします:田中一郎)

 

2.都民はコロコロどんぐりこ、小池にはまってさあ大変!!

 東京の橋下徹、ニッポンの女トランプ? どうも東京の多くの有権者は、またぞろ、このインチキ女に騙されようとしている様子です。小池百合子がこれまでどのようなことをしてきた人間か、よく調べて見なはれ。それに小池百合子はいまだに自民党員ですよ。自民党員が自民党と対決する=自民党をぶっ壊す、どこかで聞いたセリフですわな(小泉純一郎)。おなじアホウを繰り返していてどうするのか、ということです。(田中一郎)

 

(関連)野党共闘潰しの懸念 小池新党は与党なのか野党なのか? 日刊ゲンダイDIGITAL

 http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/197085

 

(関連)東京新聞都議選 30人超独自擁立 「小池与党」過半数狙う社会(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201701/CK2017010802000111.html

https://l.mainichi.jp/miUzVq

 

3.(別添PDFファイル)原発輸出、揺れ小さめ想定 トルコ・シノップ原発(東京 2017.1.8

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201701/CK2017010802000122.html

 

(一部抜粋)

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(中略)評価は経済産業省資源エネルギー庁の委託事業で、日本企業がからむトルコやベトナムの原発立地での調査の一環。事業費は約二十四億円で、日本原子力発電(東京)が請け負った。原電は、活断層調査や地震の揺れ評価を日本の調査会社などに再委託した。

 

(中略)原電は 共同通信の取材に対し「経産省からの委託業務の内容は公表できない」、エネ庁は「承知していない」としている。

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(日本の原子力ムラである日本原電(その下請けもどうせ原子力ムラ企業だ)が原発予定立地の地震等の評価をするなんて「利益相反」丸出しだ。加えて、何を聞かれても「公表できない」「知らぬ存ぜぬ」の「隠せ、隠せ、隠せ、都合悪けりゃみな隠せ」だし、原発の耐震強度で二枚舌を使って危険な原発を輸出して利益を上げようとしている「卑劣な二正面作戦」も許しがたい。そもそもこの日本原電は「中抜き」しているだけの単なる「受注ブローカー」ではないですか。まさに日本の悪しき「大日本原子力帝国株式会社」方式丸出しです。だれかこのインチキ行為をトルコの方々に知らせてあげてほしいです。トルコは日本と並ぶ地震国ですから。そして日本の大切な親密国なのですから。:田中一郎)

 

4.(別添PDFファイル)共謀罪が「レガシー」!? 「東京五輪テロ対策」は政治利用(東京 2017.1.7

 http://blog.livedoor.jp/fu55/archives/8780290.html

 

(関連)東京新聞 「共謀罪」対象 676の罪 政府方針 懲役・禁錮4年以上政治(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201701/CK2017010802000113.html

 

5.(別添PDFファイル)東京のTV「基地反対派に日当」、「沖縄ヘイト」まん延(東京 2017.1.7

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170107-00010000-bfj-soci&p=1

 

(このTV局を閉鎖しろ。害虫の巣箱みたいなものだ。:田中一郎)

 

6.(別添PDFファイル)土壌調査3000件へあと一歩、原発事故 17都県で市民測定(東京 2017.1.7

http://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201701/CK2017010702000179.html

 

(関連)みんなのデータサイト 市民放射能測定データサイト

 http://www.minnanods.net/

 https://ja-jp.facebook.com/minnanodatasite/

 

(関連)子どもたちと未来のために、今、土壌をベクレル測定して、放射能マップをつくりたい! - moonshot

 https://moon-shot.org/projects/68

 

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昨今、ある方より浅井基文氏という元外交官で政治学者のサイトを教えていただきました。きっかけは、私が政治学者の故丸山真男氏の議論を非常に評価していて、丸山真男氏は今こそ読み直されないといけないと申し上げたことに関連して、それならば、こんなサイトがありますよ、ということで教えていただいたものです。下記URLをクリックしてみて下さい。

 

●丸山眞男|21世紀の日本と国際社会 浅井基文のページ

 http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/maruyama/index.html

 

私の読書スピードは亀並みに遅く、かつ理解力も乏しいものですから、まだ上記サイトのすべての論文に目を通したわけではありませんし、丸山真男氏の著書をたくさん読んで理解しているわけでもありません(それでも10冊くらいは読んだように記憶します)。しかし、これまでの私のいわば「断片知識」をもってしても、丸山真男氏の日本政治論(政治文化論と言ってもいいと思いますが)は、日本政治の歴史的特徴とでもいうべきものを、その核心部分をぐっとつかむ形で論じているように感じられ、大きな感銘を受けること多大でした。

 

そして今日では、安倍晋三一派に牛耳られる形で、日本の自民党をはじめ、右翼・右派団体やその他の既成政党などの政治勢力が「戦後レジームからの脱却」などという内容空疎な虚偽表現に踊らされながら、実質的にはアジア太平洋戦争前の大日本帝国体制への逆戻りをせんとする「歴史的反動」の軽挙妄動を繰り返すようになっており、それに対する強いアンチテーゼとして、丸山真男氏の政治論は大きな対抗力になるような気がしています。

 

そもそも丸山真男氏が論壇にデビューしてくる契機になったのが、アジア太平洋戦争時代に日本を覆いつくしていた「天皇制」・「超国家主義」に対する痛烈かつ的を得た批判論文でした(『現代政治の思想と行動』に収められている「超国家主義の論理と心理」他の論文:下記参照)。公表当時、この論文は多くの人々の心をとらえ、多くの老若男女の丸山真男ファンを創りだしましたが、その内容こそ、今この平成の時代に再び有効となってきています(アジア太平洋戦争を総括できなかった日本の有権者・国民の必然的帰結と言えばそれまでですが、悲しくも、バカバカしくもあり、情けない限りです)。

 

そして、私が丸山真男氏の議論を評価している点は、単に政治支配の在り方の分析のみならず、日本人に特徴的な政治的思考並びに行動様式や社会のありようなどにも言及があって、現代日本の政治や社会について幅広く(たとえば市民運動・社会運動の展開や日本の野党勢力についての議論)、しかもマルクス主義的な経済的下部構造の考え方も十分に考慮に入れたうえで展開されていることです。私が目を通したわずかばかりの丸山真男氏の著作の中にも、たくさんの注目に値することが書かれていて、上記で申し上げたように感銘を受けること多大です(例:岩波新書『日本の思想』、『現代日本の革新思想』など)。

 

(参考)〔新装版〕現代政治の思想と行動 - 丸山眞男 著|未來社

 http://www.miraisha.co.jp/np/isbn/9784624301033

 

(政治分析論文や政治思想史論文にはとっつきにくい方は、丸山真男氏が「本店」とは違う「出店」「夜店」などと称してたびたびやっていた「座談」からご覧になるのもいいのではないかと思います。「丸山真男座談集」というのが岩波から全10巻で出ています)

 

(参考)丸山真男 座談(1~10)(岩波書店)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000030437495&Action_id=121&Sza_id=F3

 

さて、これからみなさまにも、浅井基文氏のサイトにある丸山真男氏の論文(抜粋)や浅井基文氏の丸山真男論などをご紹介していきたいと思いますが、今回はその中の「Ⅳ 日本の思想・政治に対する透徹した眼差し」にある「2.執拗低音」の「2.政治意識」をご紹介いたします。実は浅井基文氏のサイトのこの部分は、浅井氏の持論ではなく、このテーマに直接関係する丸山真男氏の論文や座談発言などが抜粋で集められているようです。丸山真男氏のこの「執拗低音」という言葉は、その後「日本の古層」とか「日本の歴史意識の古層」といった言い方に変わっていきますが、私が晩年の丸山真男の考え方の中で最もよくわからないものの一つでした。市販されている著書では、ちくま学芸文庫に『忠誠と反逆』という本があり、その中に「歴史意識の「古層」」という論文があります。少し前に読んでみたのですが、なんだか「じゅげむじゅげむ」のような感じでよくわかりませんでした。でも今回、この浅井基文氏が抜粋でサイトに掲載してくれている丸山真男氏の著述は「納得」でわかりやすいものでした。以下、その一部を抜粋してみましょう。

 

(参考)忠誠と反逆-丸山真男/著(ちくま学芸文庫)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000028370927&Action_id=121&Sza_id=C0

 

●(今回ご紹介)「Ⅳ 日本の思想・政治に対する透徹した眼差し」「2.執拗低音」「2.政治意識」(浅井基文氏のページ)

http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/maruyama/hatsugen/hatsugen4-2/hatsugen4-2-2.html

 

(上記から一部抜粋)

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 (中略)「目的意識性がまさにないということが日本的なんです。レーニンの言葉を使えば、自然成長性なんです。したがって、目的意識に基づいて理想国をつくっていく、これに基づいて現実を変革していくというユートピアの思想が日本には非常に乏しい。目的と言っても目標と言ってもいいんですが、目標設定能力がいちばん低いんです。次に、目標選択能力が乏しい。これは、政治音痴が多いということなんです。‥目標が決まると、がぜん張り切るんだ。‥目標を上から設定されると、その目標に向かって全員協力する。目標達成能力、アウトプットはすごく大きいわけです。ということは、逆に言うと目的意識性というのが非常に弱い。自然に「なる」という自然成長性とはまさにそれなんです。目標設定に対する目的性のなさを示している。

 

  だから、「戦争になりました」なんですよ。「戦争をしました」と言うと、責任の問題になっちゃう。「つくる」というのが、いちばん目的意識性が強い。だから、こっちの端に「つくる」がある。反対側の端に「なる」があるんだ。目的意識性がいちばん少ない。「うむ」というのが、その中間なんです。「うむ」のは生殖ですから、「なる」に比べれば目的意識性があるんですね。「つくる」というのは、つまり、物を作るわけですから、作るものと作られるものとの対立が非常にはっきりしている。「うむ」場合には、生まれたものと産むものとの間に血の連続性があるわけです。連続性という面でいうと、「なる」と「うむ」は共に連続性がある。作ると作られるとの間には連続性がないんです。けれども、「うむ」主体というものははっきりしている。誰が産んだのかはっきりしている点で、「うむ」は「つくる」のほうに近寄るわけです。」(手帖21 「早稲田大学 丸山眞男自主ゼミナールの記録 第二回(下)」1985.331pp.22-23

 

 (中略)下から上へ行く。政事が、下から定義されてる。ということは、みんなが被治者であるだけではなくて、みんなが治者であるとも言えるでしょう。治者と被治者が対立するように向きあっていないんです。みんな、上を向いてる。天皇も、国民のほうへ下を向いてるんじゃなくて、皇祖神のほうへ上を向いてるわけです。」(自由 同上pp.191-193

 

  「下が上に物を献上する、そういう日本的な政治概念っていうのはね、むしろどうしてそれができたのか、と。古文献をずっと調べていくと、そう思わざるをえない。自発的協力っていうのが、これのもとにあるでしょ。それだけ、権力を行使しなくていいわけです。いわんや、暴力を行使しなくていい。だから、よく言えば、それは独裁制の成立を非常に困難にする。集団指導制なわけですから。けっして、モノ・アルキア、つまり単独者支配ではないんです。しかし悪く言うと、無責任体制になる。ぜんぶが翼賛するんだから、誰が誰をgovernして、ということはないわけね。すると、一億総懺悔ってことに容易になる。

  この同方向性というのは、非常に重要な文化的特色なんです。上と下が対峙しない。つまり、西欧や中国みたいな支配と服従という関係が、はっきりしないんですよ。儒学が日本に入ってきても、やっぱり、たちまちそういう変容過程をたどることになって。」(自由 同上p.198

 

 「官僚制でも、日本の場合は、ウェーバーが言ってるような非人格的な機能の分業だけで人間が結びつく合理的官僚制というのは、あんまりない。そういう面ももちろんありますけども、むしろ親分子分の人間関係が不可分に入り交じったような官僚制であって、この両方が癒着するんですね。今でも、実際には係長くらいがすごく権限を持ってたりする。で、下の権限を、上に奉納するって形になるわけです。トップはお神輿なんです。リーダー自身が強い権限を持つというのは、非常に少ない。むしろ、下から上に奉納したものを容れるという、これが日本的リーダーで。

 

 (中略)「あえて単純化すれば、正統性のレヴェルと決定のレヴェルとの分離という基本的パターンから、一方では実権の下降化傾向、他方では実権の身内(みうち)化傾向が派生的なパターンとして生まれ、それが、律令制の変質過程にも幕府政治の変質過程にも、くりかえし幾重にも再生産される、といういわば自然的な傾向性があり、それが日本政治の執拗低音をなしている、という私の仮説になるわけです。」(集⑫ 同上p.236

 

  「その際に大事なことは、権力が下降しても正統性のローカス(所在)は動かないということです。もちろん正統性自身のレヴェルは、視点によって幾重にも設定できます。日本全体として見れば、いかに実権が空虚化しても最高の正統性は皇室にありました。

 

  今度は武家政治(幕府政治)をそれ自体一つの統治構造とみれば、正統性のローカスは将軍であることは終始変りません。正統性の所在が動かないままに、実権が一方で下降し、他方で「身内」化していくということです。日本史には「革命」がない、とよくいわれますが、「革命」を政治的正統性の変革とみるならば、たしかにそう言えます。逆説的に言えば、革命の不在の代役をつとめているのが、実質的決定者の不断の下降化傾向であります。もちろん権力の下降がのぞましいと考えられていたわけではないので、くりかえしそれを防止する努力が行われますが、にもかかわらず、この自然的傾向性が強いのです。」(集⑫ 同上pp.236-237

 

  「政事が上級者への献上事(まつりごと)を意味する、ということは、政事がいわば下から上への方向で定義されている、ということでもあります。これは西洋や中国の場合と、ちょうど反対と言えます。ガヴァンメントとか、ルーラー(支配者)とかいうコトバは当然のことながら、上から下への方向性をもった表現です。…ところが、日本では「政事」は、まつる=献上する事柄として臣のレヴェルにあり、臣や卿が行う献上事を君が「きこしめす」=受けとる、という関係にあります。そこで一見逆説的ですけれども、政事が「下から」定義されていることと、決定が臣下へ、またその臣下へと下降してゆく傾向とは無関係とは思われないのです。これは病理現象としては決定の無責任体制となり、よくいえば典型的な「独裁」体制の成立を困難にする要因でもあります。」(集⑫ 同上p.238

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

上記でご紹介したものも含めて、このサイトにある抜粋論文は、改めて丸山真男氏の分析の鋭さを感嘆させてくれる優れものだと思います。この「2.執拗低音 (2)政治意識」で丸山真男氏が述べている話は、私がこれまでの私のメールで何度もみなさまに申し上げてきた下記のこと(日本の政治風土の特色)、

 

*上へ向かっての頂点盲従主義

*横へ向かっての強い同調圧力

*下へ向かっての無限の責任転嫁・無責任

 

を、もっと緻密に、もっとソフィスティケイテッドな形で、もっと多面的に、丸山真男氏が書いていることだと思いました。政治権力の日本的なありようや、それが欧州や中国などとどう違うか、支配される側の人々・人民・民衆の精神構造や行動様式はどのようなものか、それがしっかりと把握され分析されているように思います。実に鋭い記述です。

 

(日本の統治構造=政治支配の構図は、民衆が「上に向かって」(天皇に向かって)さまざまなものを献上する形でものごとが進み、その天皇もまた、「先祖神」という「更なる上」に向かって祭祀を献上している。いわば、翼賛的に献上型の祭祀をみんなでやっていて、その中で微妙な形の役割分担がある。西洋型の上が下に向かって支配し統治するパターンではなく、みんなが上を向きながらみんなでみんなを支配する、そういう、模糊としたあいまいな、祭祀における献上型の行動様式が行きわたった形での「政治」(まつりごと)が行われる、

 

私なりに書き換えるとこんな感じです。そして丸山真男氏は次のようにも書いています。

 

(一部抜粋)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「だから、権力の行使はだめだ、とかって言うのは、ちょっとダブルミーニングでね、危ないなという気がするんです。人民主権というのは、君主主権をひっくり返したものですから。人民主権が板につかないのは、逆に、君主主権がなかったからだ。価値判断抜きに、政治意識における古層っていうのは、やっぱり非常に貫徹してる。つまり、明治における立憲制の移植過程、その後の代議制にまで貫徹してるというのが、ぼくの考え方なんですよ。だから、そこでは「協賛」から「翼賛」まで、ワンステップだと。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「人民主権というのは、君主主権をひっくり返したものです」というのは、いかにも鋭い着眼ではありませんか? 私はこのサイトにある丸山真男氏のコメントの一つ一つを頭の中に刻み込みたいと、読んだときに思いました。何故なら、現在、私たちの眼前で繰り広げられている、あまりにひどい政治状況が、同氏がここで指摘する「日本人の政治意識の古層」と密接に関係しているような気がするからです。

 

ただ、一方では丸山真男氏は、鶴見俊介氏との対談で、「そうすると日本人の意識の「古層」は「宿命的」になりますね」という鶴見氏の問いに対して、次のようにも答えていて、決して単純な「宿命論者」「伝統決定論者」「歴史必然論者」ではないこともわかります。

 

「(鶴見「そうすると、日本における無責任の体系っていうのは、かなりフェータリスティック(宿命的)になって。」)まあね。今までのところはね。だけど、その条件をなしてきた、地理的、風土的、歴史的環境っていうのは、ぼくは壊れつつあると思いますね。…ただ、日本はそういう隔絶された歴史的伝統が長いから・・・・・」

 

この壊れつつある「意識の古層」の土台環境の中で、今日の政治が展開され、少なくとも表面的には、その「執拗な低音」である「古層」的行動パターンの欠陥が目立ってきている(たとえば「原子力翼賛社会化」)ことをどうとらえ、どう変えるのか、私たちはこのサイトの丸山真男氏の論文から考えさせられます。

 

以上、まだ1つめの論文ですが、このサイトは興味深いので、更にこれから別の論文にも手を出すことにします。また追って、私の問題意識とともにみなさまにもご紹介申し上げたいと思っております。

草々

 

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