市場原理主義(新自由主義)をめぐる他のMLでの議論です。ご参考までにご紹介します。
前略,田中一郎です。
下記は他のMLでの市場原理主義(新自由主義)に関する議論です。ご参考までに転送します。
以下はメール転送です。
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市場原理主義を一言で言いますと、何だか形容矛盾のようですが、「1%が99%を支配・利用・収奪するためのご都合主義」だということです。言い換えれば、「原理主義」が1%には適用されないことに加え、その99%に適用される「原理主義」は、99%からの収奪が目的です。
●(再論)市場原理主義とはどういうものか
いちろうちゃんのブログ
http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-e3dd.html
●「我々にはできる!」=真性「YES
WE CAN!」=国際市場原理主義に苦しむスペインに現れた左翼の星「ポデモス」党と,党首パブロ・イグレシアス(われら日本の世直し改革派が学ぶことはないのか) いちろうちゃんのブログ
http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-561a.html
●日本破壊の国際市場原理主義「亡国協定」=TPPをぶった斬る(その1):オブラートに包まれ嘘八百のシロップに漬けられたTPPを国民に騙し飲ませするための役人文書から見るTPPの危険性とインチキ(1)
いちろうちゃんのブログ
http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-a416.html
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Aさんの解説は概ねその通りですが、少し補足します。
1.「新自由主義の源流は、学問的にはシカゴ学派」
新自由主義の源流は、ハイエクに見ておいた方がいいでしょう。私は、このハイエクの経済学説を「新自由主義」といい、Aさんの言うシカゴ学派・Mフリードマンに代表される学派を「市場原理主義」といっています。世の中では両者はあまり区別されていませんが、私は決定的に違うと考えています。
前者のハイエク・新自由主義は、純粋に経済学的な「学派」で、人間の社会的作為や設計主義的な政策論に根本的な不信と疑義を持ち、徹底した経済自由主義を提唱する、かなり経済学の中では異端に属する学説です。経済学の世界でも、あまり相手にされませんし(極論の代表として引用される程度)、実際の経済政策の現場でも全くと言っていいほど相手にされていません。
一方、後者のシカゴ学派の市場原理主義ですが、これは最初のうちはハイエク学派と似たようなモノだったのですが、1970年代ころからサッチャー政権やレーガン政権に代表される時の政治勢力と結託し、珍妙極まる屁理屈を積み重ね、Aさんが下記で述べているようなロクでもない経済政策や、時にはチリ・アジェンダ政権を暴力で倒してアメリカ資本の支配下に置くといった、反社会的暴力に与していく、極めてたちの悪い「ゴロツキ集団」です。前者のハイエク学派には、「学問」としての矜持や倫理観のようなモノは生きていますが、後者のシカゴ学派・市場原理主義にはそのようなものはありません。巨大多国籍資本やその代理店政府に与することなら、どんな屁理屈でも作って見せます型の、害悪垂れ流しご都合主義です。(先般、惜しまれて亡くなった近代経済学の数理経済学者=宇沢弘文氏のシカゴ学派及びM・フリードマンについてのコメントをぜひ見てください)
(参考)経済学は人びとを幸福にできるか(宇沢弘文著、東洋経済新報社):会長の読書(旧「社長の読書」)株式会社プラネット
http://www.planet-van.co.jp/president_bookreview/20140324.html
2.「潮目が変わったのはリーマンショックでした」
日本の政治や経済や社会で、本当に潮目が変わったかどうかは怪しいものがあります。少なくとも自民党のみならず、その他の野党の多くの政治家どもも、市場原理主義アホダラ教から抜け出たかどうかはわかりません。2009年民主党のマニフェストはリーマンショックの後にできた、比較的内容のいいものでしたが、ご承知の通り「口先やるやる詐欺」でした。ほとんど何一つ実現できていませんし、実現しようともしなかったと言ってもいいでしょう。そして民主党政権がやったことは、たとえばTPP協定推進、たとえば労働者派遣法改悪、マイナンバー(共通番号)制度推進、農業者戸別所得補償制度、消費税増税などですが、これらはすべて、その根底に市場原理主義(アホダラ教)があるのです。
こんどアベ政治に反対する地域ネットの方々が古賀茂明氏を呼んで講演会を開きますが(3/23:中野区産業振興センター3F)、その古賀茂明氏もTPPに賛成をしたり、マイナンバーカードを使うと言ってみたりで、市場原理主義からきちんと脱却できていません。こういうリベラルな知識人や著名人は結構多いのです。しかし、市場原理主義と決別をし、新しい時代の有権者・国民・市民のための政治・政策を、違う考え方できちんと組み立てていかないと、「市場にまかせれば万事うまくいく」などと言っている限りは、同じことの繰り返しになるでしょう。多国籍型巨大資本が世界市場を独占・寡占化しているときに、その巨大資本と私たち吹けば飛ぶようなちょぼちょぼ市民とを同列・対等の関係において、市場に任せよ=弱肉強食のなすがままにせよ、などというのは、少し常識があればダメなことは理解できるでしょう。しかも、その多国籍型の巨大資本は、今や日本を、世界を破壊する利己主義の固まりの害悪垂れ流し組織です。
3.(市場原理主義を)救い出すものがあるとすれば、新自由主義の原理を強者に貫徹させることになるように思います。
市場原理主義は、(1%の特権的支配者たちには向けられず)99%に向けられるから市場原理主義というのです。社会全体に社会的に公正で優しい政策を展開するときに、あるいは強きをへこませ弱きを救い上げる(こういう社会的弱者保護の思想は現代の社会的ルールにはいたるところに存在します。その一つが道路交通法ですし、日本国憲法もそうです)、というとき、その強きをへこませる理屈・理論は市場原理主義ではありえません。もっと別の論理体系や考え方を持たないといけないでしょう。政策の表面だけを取らまえて、都合のいい部分だけをつまみ食いをしてはいけないのです。まして市場原理主義をつまみ食いすることは、後々まで市場原理主義の影響力を払しょくできず、アホダラ教の復活につながってしまいかねません。(ご紹介した私の論文をご覧いただければわかりますが、財政政策無効論だの、貨幣数量説だの、合理的期待仮説だの、サプライサイダーだの、ラッファー曲線だの、ロクでもない嘘八百の出鱈目を基本において経済政策・社会政策などありえません、ということです)
市場原理主義政策の扇動の手段に、人間のいやしき性格=ねたみやそしりなど、を十分に活用するという卑劣なやり方が入っていることもに留意が必要です。既得権益を打破せよ・特権的な利益を許すな、そのもっともらしい掛け声で、公務員がバッシングされ、在日をはじめ社会的弱者が叩かれ、日本農業や医者の世界や労働組合などが利権の巣窟のように言われてきました。しかし、冷静によく考えてみることです。いったい、誰が、どの組織が、最たる既得権益者であり特権階級なのでしょう。財界のボスども、巨大多国籍資本、自民党や地方の政治ボスたち、原子力ムラ、メガバンク、巨大ゼネコン、注目しなければいけないものは、いくらでもあるでしょうに。
暴力的で圧倒的に大きな権力ににらまれた小心者が、身の回りのちょっとした差に目を奪われ、本来、叩かなければいけないもの、社会的に改善・改革しなければいけないもの、格差是正を抜本的にしなければいけないもの、人権としてしっかり守らなければならないものなどをそっちのけで、些末なことで、弱者いじめをする、こういうゲスのセンチメントを市場原理主義政策は十分に利用するのです。加害者・東京電力や事故責任者・国が何の罪も責任も問われず、賠償・補償さえもまともにしない状況があるにもかかわらず、福島の故郷を奪われた人たち、放射能の健康被害を避けて避難する人たちを「特権的だ」「いい身分だ」などとバッシングをしたり、皮肉を言ったりする、その腐った根性が、未だに蔓延しているでしょう。そうした、ゲスの根性が、市場原理主義政策扇動の絶好の手段となるのです。
もういい加減にしましょう。世界の多くは市場原理主義など、とうの昔に捨てています。いつまでも、いつまでも、不勉強もののアホウの代表格=政治家が、何周期も遅れた市場原理主義を振り回し、上記で申しあげた、悲しいかな人間である有権者・国民・市民の内面にある「ゲスの根性」を煽り立て、今、その最悪の政策的帰結=TPP協定が発効しようとしているのです。バカは死ななきゃ治らない、はまさにこのことでしょう。
草々
-----Original
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Re: 新自由主義(Aさんのメール)
<新自由主義のイメージと実態>
新自由主義で議論があったので、コメントをします。
新自由主義の源流は、学問的にはシカゴ学派で、単純化すれば「市場原理主義」と言っていいでしょう。政治的には、サッチャー、レーガン、中曽根(敬称略)に代表される、福祉削減、公共部門の民営化、企業活動を阻害する規制緩和などが新自由主義として推しすめられました。暴力的な例は、Bさんも指摘したチリのクーデター(もうひとつの9・11)でした。ラテンアメリカでもアメリカの圧力で80年代から90年代にかけては新自由主義政策が押し付けられてきました。2000年代にラテンアメリカで左翼政権の誕生は、それへの反撃という側面がありました。
日本においては、バブル崩壊後、新自由主義的な改革が自民党政治のオルタナティブという認識が野党や野党支持者の中に根強く存在しました。Cさんがよく言及する土建国家批判はその典型で、自民党の長期政権による業界団体との政治と官僚の癒着構造を変えるイメージが存在していました。
実際、小泉内閣での民主党の国会論戦は、新自由主義的改革の旗手はどちらかという論点でした。当時の鳩山党首が小泉首相に対して「あなたの屍を乗り越えて(自民党では改革ができないので)、民主党が改革を断行する」という趣旨の質問をしたことに象徴されています。
また、小沢自由党は、当時は新自由主義政党でした。経団連の政策評価では、当時の自由党が政策的には最も財界の要求に沿ったものという評価が与えられ、当時の民主党・自由党の合併は財界の影響があったといわれています。財界にとって、二大政党の一方の極である民主党が彼らにとってはリベラル色が強く、自由党が合流することで政策的にも彼らの望む二大政党体制ができること期待してのことです。
潮目が変わったのはリーマンショックでした。市場原理主義のはずが、弱者には冷たい対応をした一方で、破綻した金融資本を救済しました。新自由主義の政治の実態は、自己責任といいながら、強者の責任は不問にふし、市場原理というルールも強者が作ったルールにすぎなかったことが明らかになりました。学問的批判もあるとは思いますが、学問的な新自由主義と政治的実践として
新自由主義はイコールでなかったのが明らかになったといってもいいと思います。
新自由主義に救い出すべきものがあるか、それが今回の議論のポイントになるように思います。救い出すものがあるとすれば、新自由主義の原理を強者に貫徹させることになるように思います。弱者に向かうと生活保護や公務員バッシングなどにつながりますが、強者に向ければ東電の責任追求や大企業応援政治への批判となります。
追伸
当時の野党の状況に触れていますが、過去の主張をもって批判をする意図はありません。念のために付言しておきます。
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草々
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