いただけない「新9条」論議:こんな議論をしているヒマがあったら、日本の平和外交はどうあるべきか・何を具体的にしていくべきか、あるいは日本における立憲主義の制度的担保はどうするかを議論すべきでしょう
前略,田中一郎です。
今般、東京新聞「こちら特報部」に別添PDFファイルの「激論「新9条」」記事が掲載されました。「火事とケンカ」は対岸なら大きいほど面白いのでしょうが、この「新9乗」論議、日本のこれからを議論するにしては、かなりズレているように思います。戦争や外交や政治のリアリティが欠如した社会の一つの現象と見ていいのではないかと思われます。下記サイトは、たまたま「新9条」論で検索してヒットしたサイトです。
●「新9条」めぐり公開討論会 - 平和へのブログ 過去から未来へ! - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/overthewind999/65215244.html
(東京新聞 2015.12.19)
● 激論「新9条」
4人の論者のうち、伊藤真氏には「ご苦労様」と申し上げたいですが、しかし、その反論には今一つ、迫力がないようにも思えます。言い換えると、これまでの護憲派の憲法擁護論の域を出ていないように思います。それが悪いとは申しませんが、こうした、言ってみれば「守り」の議論=あるいは「消極的9条主義」が、今日の護憲派の頭打ちを招いているようにも思えるので、私は、もっと積極的な反論をした方がいいと思います。
また、4人の論者のうち、井上達夫・東京大学教授は「論外」でしょう。ときどきマスコミや書店で見る名前だったのですが、こういうことを言う人間とは知りませんでした。今後は「こういう人間」として対処させていただきます。具体的な言論は記事をご覧ください。こういう議論は、これまでも山のようにあったと思います。単に現状の支配権力に尻尾を振る御用言論に体裁を付けているだけのものにすぎません。
問題は、この論議の火付け役の今井一氏です。何を隠そう、彼と私は大阪市出身で、お互いがすぐ近所のところに住んでいた同じ小学校の同クラス・同級生です。彼は住民投票の岩波新書なども執筆して、ずいぶんご活躍だと思っていましたが、昨今の脱原発運動の進め方や、特にこの日本国憲法第9条問題の提起の仕方については問題が多いと思います。
簡単に言えば、(愚かな現状の)情勢に引きづられて日本国憲法を現実に沿う形で「解説的」に改訂しようとする動き、とでも言っていいでしょうか。言い換えれば、憲法の条文を変えれば、物事がはっきりして事態が改善する、そんな発想ですね。しかし、残念ながら、そんなことにはならないのです。
言葉いじりで、現実の政治や外交や戦争行為が変わることはありません。憲法を含め、法律の条文は、マルクスに言わせれば「上部構造」を構成しており、その「土台」=つまり一国の社会や経済を変えなければ、そしてそうしたことの集大成としての現実の政治家の政治行為そのものを変えなければ、法律や憲法の条文をいじったところで事態はちっともよくならない、ということです。むしろ、新聞記事にもあるように、自衛隊の野放図な拡大など、「ゆるめられた9条」として、「パンドラの箱」のフタの空き具合・緩み具合が大きくなる結果をもたらすことでしょう。
4人の論者(今井、伊藤、井上、伊勢崎)の中で傾聴に値するのは伊勢崎賢治氏の発言です。ここには書き出しませんので、記事にある伊勢崎氏の発言をご覧ください。しかし、残念なことに、これまた「新9条」論だとか「9条進化」論だとか言いつつ、9条条文いじりにやぶさかではない様子です。しかし、それではだめなのです。
私が申し上げたいのは、メールの表題にも書きましたように、「こんな、いただけない議論をしているヒマがあったら、日本の平和外交はどうあるべきか・何を具体的にしていくべきか、あるいは日本における立憲主義の制度的担保はどうするかを議論せよ」ということです。一体全体、これまでのすべての日本政府・政権が、世界やアジアの平和のために、どのような「平和外交」「平和戦略」「平和活動」「平和貢献」をしてきたでしょうか。パワーポリティクスに依存せず、軍事力や武力による威嚇などを陰に陽に行使せずに、どれだけ日本は世界に向かって平和のために努力をし、頑張ったのでしょうか? 私には、日本の政府は戦後一貫して、ただただアメリカの尻にくっついていた、「金魚のフン」、のようにしか見えませんし、それもひと昔前は「したたかな金魚のフン」だったのが、今では単純バカの売国奴・お坊ちゃま2世・3世の政治家どもが、完璧なるアメリカの「金魚のフン」としての日本を投げ出してしまっているのではありませんか。
だったら、こんな状態の日本で「新9条」論なんてやってみても、どれだけの意味があるのかな? という他ありません。飲み屋の酔っ払い談議程度の話でしょう。なすべきことは逆で、9条をテコにでもして、あるいはテコにしなくても、徹底して、世界平和への貢献へむけて、平和そのものの手段で、具体的な行動を日本政府にさせていくことでしかないはずです。
申し上げておきますが、世界平和と私がいうから、私は創価学会員ではないか、などとはお思いにならないでください。ちなみに、創価学会は、平和団体でも何でもないことが今回明らかになりましたね。これ以上、創価学会員でいることは、日本を戦争へと導く「悪魔」の仲間であり続けることを意味します。創価学会員は、安保法制や特定秘密保護法に賛成をした公明党国会議員全員をやめさせるか、あるいは創価学会をおやめになり、多くの市民とともに平和行動を続けていくのがいいと思います。そうしませんと、そのうち佐高信氏が言うように「仏罰」をくらいますよ。
話がそれてばかりいますが、「9条の会」を含めて、護憲派のみなさまには、護憲=日本国憲法を生かす、その活かし方を、もう一度、徹底して見直していただけないかと思います。「消極的9条主義、守りの9条主義」から「積極的9条主義、攻めの9条主義、具体的各論政策の9条主義」に転換していただきたいのです。それこそが、「9条の現実主義」であると、私は思います。「新9条」論や「9条進化論」の改憲論議などよりも、具体的な平和活動や平和貢献の方が格段に重要であり、また、現実的であるからです。
(追)
伊勢崎賢治氏の各論の提案は傾聴に値するものが多いのですが、彼の言論に「自衛隊現場」を持ち上げて、自民党や野党政治家をこき下ろすような議論が散見されます。これは非常に危険です、戦前の5.15事件後の世相や、2.26事件を生み出した、あのファシズムの潮流を、再び自衛隊から(同調する有権者・国民とともに)生み出していくことになりかねません。みなさまも、かような「自衛隊現場優先主義」のような議論には、組みなされないでほしいと思います。また、「9条進化」論のような、形を変えた現状追認型の改憲美化論もいけません。言葉いじりよりも、まず、事態を変えろ、外交を変えろ、政治を変えろ、です。伊勢崎賢治氏には、そのお名前のように、当分の間(永久にとは言いません)、伊勢崎「9条」賢治(堅持)氏でいていただきたいと願っております。
草々
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