私にとっての「子ども脱被ばく裁判」(「子ども人権裁判」「親子裁判」)
前略,田中一郎です。
「ふくしま集団疎開裁判」の第二次裁判は、子ども脱被ばく裁判=「子ども人権裁判」「親子裁判」であると同時に、私たち自身・日本人一人ひとりの身を守る「命の未来のための裁判」です。
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日本の放射線防護のための基準が、1mSvと5.2mSvと法律で決められていたものを、福島第1原発事故でたいへんな放射能汚染がおきてしまったら、それが守れなくなったとして20mSvにします、などということは許されません。その許されないことを平気でやる「ならず者政府」が今の日本政府であり、文部科学省がその総本山・大本営なのです。
他方で、文部科学省は、子どもの教育の責任官庁=子どもの命と健康を預かって、子どもたちを安全なところでのびのびと勉強させなければならないのに、子どもたちのことよりも、原発・原子力・核エネルギーを優先するという信じがたい暴挙を繰り返しています。その本末転倒した文部科学省や、その下僕と化した地方自治体に対して、理不尽にも被ばくにさらされる子どもたちの人権=命と健康と、安全に教育を受ける権利を守るのが、この裁判の第一の目的です。子ども人権裁判です。
そして、子どもの権利を守るには、その子どもを愛し育ててくれる親御さんや保護者を同時に守り、親子ともども・保護者ともども安全で健康に、幸せに生活していける環境をつくらなくてはいけません。今回の第二次裁判は、そのため、子どもたちの親も一緒に脱被ばくしてもらって、福島第1原発事故の放射能の危険性から、解放されるよう、「親の権利」も守っていくことにしました。(安全、健康、幸せのための)「親子裁判」です。
しかし、今日の情勢は、この第二次「ふくしま集団疎開裁判」=「子ども脱被ばく裁判」に、もう一つの大事な性格を与えていると思います、それは、この裁判が、一義的には原告の皆様、福島第1原発事故で被害を受けられた方々が、親と子で、しっかりと救済されるために取組まれるのですが、しかし、ことはそれにとどまらず、この裁判は、私たち日本人一人ひとりが、放射能の理不尽な被ばくから自分自身を守る、守れる、そういう、まともな社会をつくるための裁判である、とも言えると思います。
何故なら、今の日本の情勢がこのまま続く限り、私たち日本人は、いつ何時、被ばく者にさせられるか分からない、いつ、全国に散在する核施設・原発等が火を吹いて、放射能をまきちらすか分かりません。いや、そこまでいかなくても、既に福島第1原発事故で環境に放出された放射能の管理=つまり放射能封じ込めの政策がきわめてずさんでいい加減で、原発事故後の対策についての費用を惜しむあまり、あるいは、今後の原子力推進に支障をきたさないようにと、放射能による被ばくの危険性をごまかすあまり、全国の多くの日本人が、食べものや呼吸や身の回りの資材(材木など)を通じて、あるいは、東日本の汚染地域との行き来によって、知らず知らずのうちに被ばくを余儀なくさせられているからです。
しかし、ひとたび被ばくをさせられてしまった場合、日本では、どのようなことになっていますでしょうか。先般の鼻血問題で典型的に見られたごとく、あるいは、福島県を始め、放射能で汚染されてしまった地域の方々の身に降りかかっていることのごとくで、放射線被曝についての検査・調査・医療・治療さえ、まともにきちんとなされることはなく、調べること、検査することさえ拒否されて、まるで被ばくへの懸念・心配を口にすることさえ、不心得な逸脱行為であり、非国民であるかのごとく罵られるという、これまた信じがたいような社会情勢が、創り上げられつつあるのです、
それは、さながら戦前・アジア太平洋戦争時の日本のごとく、まるで現代の日本に原子力翼賛社会が出来上がってしまったような、個々人の権利や、個々人の命と健康が大切にされることなく、個々人の原発・原子力と被ばくへの懸念が「国策としての原子力」への反抗であるかのごとく扱われて、権力的に、社会暴力的に踏みにじられていく、そのような社会状況が出来上がりつつあるのです。これはゆゆしき事態と考えなければなりません。
確かに、福島第1原発事故の結果、原発の安全性などは、信じる者はいなくなりました。原発そのものについても、ようやく国民の過半数が、やめよう・脱原発だ、との認識に立ち始め、原発・核燃料施設の全面廃止も視野に入ってきています。もちろん、今現在もたいへんな抵抗に直面し、事故後3年目にして、原子力ムラの巻き返しは熾烈ですが、それでも、なお、脱原発の流れは、かつてに比べれば強く大きく国民的なものになりました。
しかし、脱被ばく=被ばくを避けるということについては、どうでしょうか。私はとても微妙で、一般論としては流布していても、その危険性の認識に関しては、脱原発を提唱している人々の間でさえ、その認識は危ないな、と思うことがあります。
これは、原子力推進の陰で、放射線防護学や被ばく医療など、本来であれば原子力推進と表裏一体で進められて来なければいけなかったことが、原子力推進を優先するあまり、歪められ、歪曲化され、危険性が過小評価されてきたからであろうと考えられます。そしてまた、不幸にして原子力に関連して被ばくして健康被害を受けた被害者の方々を、切り捨て、隠蔽し、踏みつけにしてきた、暗い、理不尽な、非人間的で不道徳な長い歴史のなせる業であるとも言えるでしょう。
言い換えれば、放射線被曝に関する限り、現状では、似非科学しか存在せず、ほんとうの科学や研究をしようとした心ある学者や研究者たちは、権力的に力によって妨害を受け、研究施設等から排除されてしまったのです。学会内での批判や検討、議論や切磋琢磨ということを許さない、いわゆる原子力ムラ・放射線ムラ一色の状況が、もうずいぶんと昔から出来上がってしまっています。いわば、恐ろしい世界なのです。
その一つの典型的な事例が、先般の日曜日の全国紙各紙や福島民報に掲載された中川恵一東大准教授とIAEAの人間を使っての「放射線についての正しい知識を」という、出鱈目きわまる政府広報でした。原子力安全神話に代えて、放射線安全神話の確立のための工作が執拗に繰り返されています。低線量被曝でも、被ばくに安全値はないこと、特に、恒常的な低線量被曝(外部被爆・内部被曝)が非常に危険であることの注意喚起などは全くなされておりません。信じがたい内容です。IAEAなどは原子力推進のための国際原子力マフィアなどと言われている組織であり、中川恵一も典型的な放射線ムラの御用学者と言われている人間です。よくもかような人間たちを使って、よくもかような政府広報を、恥も外聞もなく出すものだ、と思います。(この2つの出鱈目さ加減は、追って批判文章をみなさまにご提供したいと考えています)
でも、私たちは逃げるわけにはいきません。福島第1原発事故後にあって、政府や自治体や、原子力ムラや放射線ムラが、放射線被曝の危険性を歪曲・矮小化して、子どもをはじめ被害者の方々を踏みにじろうとしている今、これを看過しておくわけにはいかないのです。何故なら、明日は私たちも同じ境遇におかれることになるからです。
それは、言い換えれば、私たちが住み、暮らす、この21世紀の日本という社会が、原子力翼賛社会に転落しそうになっているということでもあります。従って、この裁判は私たちにとって、ただ単に、福島第1原発事故の被害者の皆様を救済し、そのための裁判を支援するということに留まらない、もっと広い普遍的な意味=私たち自身が住み暮らす社会のあり方がどうなのか、放射線被曝が虚偽・偽りの下で平然と人々に押し付けられていく、その中で、私たち自身はどうするのか、という深刻な問題を、裁判を通じて私たちに突きつけているのだと思います。
その意味で、原発・原子力・そして核兵器が「正念場」を迎えつつある今日において、脱被ばくと放射能、放射線被曝の危険性とそれからの防護の問題こそが、私たちの今日の社会の最前線の問題となっていることを強く意識する必要があると思います。
何の罪もない、かけがえのない子どもたちの命と健康が、理不尽極まる形で、被ばくによってむしばまれていく、無邪気で元気な子どもたちの顔を見るたびに、私は目頭が熱くなり、こんなことは許されてはいけないと強く思います。子どもたちを被ばくから守ること、原子力ムラ御用学者や原子力ムラ代理店政府・自治体の許しがたい「未必の故意」による放射線被曝強制から子どもたちを守ること、原発事故の被害者の方々への更なる加害行為・被ばくの押し付けを許さないこと、これは、私は同時代に生きる人間として、また大人として、避けられない「使命」であり「倫理」であり、人間として生きるためには、どうしてもなさねばならぬ「最優先のこと」ではないかと思います。
そして、こういう情勢の中で、私は、原告の皆様、そして、その原告を支え、この裁判をこれから背負って下さる、闘って下さる弁護士の皆様に、心より感謝申し上げる次第です。よくぞ、厳しく、苦しく、つらい境遇にありながら、この困難な社会的取組としての裁判に、原告団として立ちあがって下さったと思います。それは、福島第1原発事故被害からの御自身の救済のためのみならず、脱被ばくという私たち自身の問題解決のためでもある闘いの先頭に立っていただいたことを意味します。
私たちは、この原告団をしっかりと支え、応援していく中で、原子力と放射線被曝の問題を、今まで以上に自分自身の問題として引き付けて徹底して考え抜き、多くの人々に我々の住む時代と社会の危機を訴え、原告の皆様の完全救済を勝ち取るとともに、「脱被ばく社会」という、ほんとうの意味での脱原発社会を実現させていく必要があると思います。
私も頑張ります。
原告の皆様、原告団の皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
早々
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