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2014年7月 2日 (水)

いい加減な原子力工学評論に惑わされてはならない:何故、福島第1原発事故の原因を当事者能力の問題に矮小化するのか

前略,田中一郎です。

(別添PDFファイルは添付できませんでした)

 

 <別添PDFファイル>

●「吉田調書」から見えてきた原発事故対応の欠陥(桜井淳 『エコノミスト 2014 7 8』)

http://mikke.g-search.jp/QENM/2014/20140708/QENM20140708se1082083001039000c.html

 

別添PDFファイルは今週号の『エコノミスト』誌(2014.7.8)に掲載された(原子力)技術評論家の桜井淳氏の福島第1原発事故評論です。一見もっともらしく見えますが、中身はあやしげで中途半端です。以下、簡単にコメントいたします。

 

1.「現場も本店も知識不足」だけが問題なのか

 別添PDFファイルにある桜井氏の批判論文のポイントの1つは、福島第1原発を運転していた当事者の東京電力が、本店も現場も、原発の設備や運転の仕方、特に過酷事故時等の危機的状態に陥った時の対応に必要な知識を持ち合わせていなかった、という点にあります。具体的に彼の記述を見てみましょう。

 

(1)福島第1原発1号機

「ー号機の非常用復水器については、地震発生から17分後に原子炉圧力が70気圧から45気圧に急降下した。これについて担当オペレーターは、国会事故調査委員会の聞き取り調査に対し、「それが正常なのか異常(地震による配管損傷を示唆)なのか判断できなかったため、(非常用復水器を)一旦停止させ、原子炉圧力の回復を確認した」と答えている。」

 

「だが、非常用復水器が正常に作動していれば、圧力が下がるのは当たり前のことだ。しかも配管が損傷して蒸気が抜ければ、圧力の低下がその程度で済むはずがない。70気圧から45気圧へ下がったのは、まさに非常用復水器が正常に機能していた証しで、それが「正常なのか異常なのか判断できない」というのは事故対応としてお粗末極まりない。」

 

(以下、田中一郎)

 私の素朴な疑問は、事故後に1号機の現場検証もしていない桜井氏が、どうして上記のようなことを絶対に間違いがないかのごとく断言できるのか、という点だ。確かに非常用復水器(IC:イソコン)が作動すれば、原子炉炉心が冷やされるので気圧は下がるだろう。しかし、それが70気圧から45気圧に一気に下がるというのはどうなのだろうか。しかも地震発生後、わずか17分での急激な低下である。非常用復水器(IC:イソコン)関連の配管等の破損を推定したとしても、何らおかしいところはないのではないか。また、破断なら、もっと圧力は低下すると論じているが、それはギロチン破断のような大破損の場合であって、仮に、小さな損傷の場合はどうなのだろうか。配管内部の高圧により徐々に徐々に配管が破れて行って、炉心から来る水蒸気、ないしは、それが冷やされてできた水が、そこから次第に大量に漏れ出ていく、そんなジリジリと進む冷却水喪失状態はあり得ないのだろうか。

 

 私は、元日立バブコックの原子炉設計技師の田中三彦氏が説明されているように、非常用復水器(IC:イソコン)系の配管のどこかが破損し、そこから水蒸気や水が漏れ出ることで冷却水喪失の深刻化を恐れた現場担当者が、非常用復水器(IC:イソコン)を人為的に止めてしまったのではないかと疑っている。そしてそのことは、桜井氏の上記の説明を読んでみても、一向に「そうではない」と説得されないのである。

 

 また、大事なことは、非常用復水器(IC:イソコン)や下記の高圧注水系(HPCI)を含むECCS(非常用炉心冷却装置)は、それが正常に稼働し続けたとしても、原子炉や原発を永久に冷やし続けてくれるわけではないことである。あくまでも原子炉に起きた異常が大惨事につながらないように、一時的に緊急冷却をしてくれるだけで、いわば「非常時の時間かせぎ」のようなものである。特に今回の福島第1原発事故のように、SBO=非常用電源も含め、すべての電源を失ってしまったような場合には、ECCS(非常用炉心冷却装置)が作動して原子炉を冷やしてくれているうちに電源を回復し、様々な計器類や装置が動くようにして、原子炉・原発を冷温停止に誘導しなければならない。もしもの時のECCS(非常用炉心冷却装置)とはいえ、この装置は、いったん開いた原発・原子炉の大事故という「地獄の釜の蓋」を閉めてくれるわけではないのである。そして、今回の事故では、このECCS(非常用炉心冷却装置)がちゃんと期待通りに動いていたのかに大きな疑問が出ているのである。

 

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(2)福島第1原発3号機

「事故時の炉心冷却については、3号機でも東京電力は知識の不十分さを露呈した。高圧注入系と呼ばれる緊急炉心冷却装置を作動させ、炉心に高圧力で冷却水を注入した。この過程で原子炉の圧力が70気圧から10気圧に急低下した。本店の事故解析担当者は記者会見で、配管の破断が起きて冷却水が漏れて圧力が下がった可能性を示唆した。しかしその後、現場の運転員が、冷却水の注入量の調整を「原子炉の水位一定」から「冷却水の流量一定」に切り替えていたことが分かった。流量一定にすれば冷却水が炉内の温度に関係なく入り続けるので、原子炉の温度が下がって圧力も下がるのは当然だ。」

 

(以下、田中一郎)

 3号機の高圧注水系(HPCI)のトラブルについては、更に意味不明である。原子力工学の専門家でもない私が、この桜井氏の文章を読んでも意味不明で、この高圧注水系(HPCI)というECCS(非常用炉心冷却装置)が働き始めれば、原子炉内の圧力は70気圧から一気に10気圧まで急低下しても当たり前で、それはこの冷却系の正常作動の証左でもある、などと言われても、にわかには信じられない。東京電力は、1号機の非常用復水器(IC:イソコン)を事故直後に稼働させたりストップさせたりしていた理由を聞かれ、一気にやると原子炉が痛むといけないからだ(そのように操作マニュアルに書いてあるとのこと)などと、愚にもつかない回答をしていたが、その話と、この桜井氏の記述も整合しない。およそ、70気圧が10気圧に一気に下がっても正常なのだろうか。

 

 また、それ以上に、私はこの3号機の高圧注水系(HPCI)を含むECCS(非常用炉心冷却装置)の事故直後の稼働状況について、まともな解説を見たことがない。例えば、桜井氏が言うように、「原子炉の水位一定」から「冷却水の流量一定」に切り替えて、などということが、平常時と同じように簡単にできたのだろうか。3/13の昼ごろに、担当者が代替する冷却手段を確保しないままに高圧注水系(HPCI)を止めてしまったことが大きな現場の判断ミスで、3号機の炉心溶融や爆発を早めることになったなどと言われているが、それもまた、ECCS(非常用炉心冷却装置)系配管の破損による冷却水喪失を防ぐための現場の必死の努力だったのではないのか。いずれにせよ、桜井氏のこの3号機の高圧注水系(HPCI)の説明もまた、説得的ではない。

 

 そして、こうした桜井氏の説明は、福島第1原発の現場を含む当事者・東京電力の原発設備への理解不足こそが事故を深刻化させた原因であり、従ってまた、設備が悪いのではなく、人間が悪い・運転する当事者たちが悪い、という結論に導かれていく。また、間接的にではあるが、地震の揺れに対して福島第1原発のECCS(非常用炉心冷却装置)を含む冷却系配管が、何らかの形で破損した恐れがあるのではないかという、田中三彦氏の警告についても、そんなことは考える必要もない、と言わんばかりに頭から否定しているようにも思えるのだ。しかし、それは、少し乱暴な議論ではないのか。

 

 そもそも原発は、いわゆる多重防護の安全設計に守られて、仮に人間の人為的ミスがあったとしても重大事故には至らず、従ってまた、放射能が大量に周辺環境に漏れ出てしまうようなことは、ほぼ絶対にありえないと言ってもいいくらいの低い確率でしか起きない、ということではなかったのか。桜井氏にとっては、この原発安全神話を基礎づけていた嘘八百についてはどうなのだろうか。上記のような、現場も本店も原発を動かす当事者としての能力に欠けていた、つまりバカだった、としても、原発の多重防護によって守られていなければならなかったのではないのか。それとも、最初からこんなものは嘘八百だと見抜いていた、とでもおっしゃるのだろうか。原子力技術の論客とては古参の桜井氏の論文をこれまでいくつも見てきたが、しかし、私が知る限り、そうした厳しい辛口の原子力批判・原発安全問題批判は見たことがない。

 

 加えてもう一つ、仮に、原発運転当事者である東京電力が、現場も本社もダメだったとしても(そして実際、桜井氏が言うように、あらゆる面でダメだった)、この原子炉を作った東芝や日立などの原子炉メーカーはどうだったのか、あるいは原発を規制し安全管理に責任を持つ立場にある経済産業省、原子力安全保安院、原子力安全委員会、更には、全国各地にいらっしゃるご立派な原子力ムラ学者のみなさまについてはどうなのだろうか。この人たちもまた、桜井氏が考えているような「適切な運転操作」を指導しなかったが為に、全員総崩れのごとくになってしまって福島第1原発事故を深刻化させてしまったということなのか。そうであるならば、この日本という国の原子力技術者は、桜井氏一人を残し、後はみな、アホばっかり・無能モノばっかりだった、ということになる。

 

 私はどうもそのようには考えられないのだ。もちろん、桜井氏がおっしゃるように、東京電力や、それを取り巻く原子力ムラ・放射線ムラのお偉い皆様方には、能力不足・知識不足・責任感不足・処理能力不足などなど、不足不足の「てんこ盛り」だったことは事実だろう。しかし、福島第1原発事故の主要原因をその点に見てしまうことは、今後の再発防止対策を考える場合のことを含めてまずいように思われる。やはり、現場も当事者も、(無能は無能なりに)いろいろやろうとしたが出来なかった。過酷事故に対しては脆弱で、多重防護など嘘八百の原発・原子炉だった、そういう危険な設備だったというのが本当のところではないのだろうか。原発事故の原因を、運転当事者の無知・無能に帰する議論には、私はどうも納得がいかない。それではチェルノブイリ原発事故後に旧ソ連がやったことと同じことになってしまう。

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2.「避けられたメルトダウン」=他人さまの将棋を横で見ている注釈氏は大した棋士ではないことがほとんど

 上記の「東京電力=当事者能力批判」は、さらに次のようにエスカレートする。

 

「しかし、2号機と3号機については、適切な対応ができていたらメルトダウンしなかった可能性が高いと筆者は考えている。」

 

「なぜそう言えるのか。その鍵は1975322日に発生した米アラバマ州にあるブラウンズフェリー1号機のケーブル火災に伴う長時間にわたる全交流電源喪失事故にある。ブラウンズフェリーや福島のような沸騰水型原子炉で、全交流電源を失う事故が発生した場合、運転員はまず緊急炉心冷却装置の一つである原子炉隔離冷却系(原子炉で発生した蒸気でタービンを回してポンプで冷却水を注入する設備)を起動し、正常な原子炉内の水位を維持しなければならない。続いて、圧力逃し安全弁を操作し、遅くとも1時間以内に原子炉圧力の減圧操作を開始しなければならない。」

 

「高圧力に維持されている原子炉から蒸気を抜いて減圧すると、気圧が下がることで原子炉内の冷却水は沸騰しやすくなる。冷却水が沸騰すると熱で炉心が損傷(溶融)する可能性が高まる。そうならないために、原子炉の圧力と温度を監視しつつ、水位維持と減圧操作を繰り返しながら、徐々に温度を下げていく必要がある。ブラウンズフェリー1号機では、この作業を繰り返し、およそ半日かけて冷温停止に成功した。」

 

「福島2号機と3号機については、原子炉隔離冷却系と圧力逃し安全弁が長時間機能していたため(バッテリーの交換などによって2号機は約3日、3号機は約1日半)、的確な技術判断をしていれば、安全な冷温停止に導けたはずだ。しかし、23号機の運転記録を分析すると、原子炉隔離冷却系が作動していた間、圧力逃し安全弁は開いていなかった。原子炉隔離冷却系が止まって圧力がさらに高まってから初めて、冷却水を入れるために圧力逃し安全弁を開いたのである。当然ながらそれでは遅すぎた。もはや原子炉の冷却が十分にできず、炉心溶融に至ったのである。」

 

(以下、田中一郎)

 桜井氏の記述「そうならないために、原子炉の圧力と温度を監視しつつ、水位維持と減圧操作を繰り返しながら、徐々に温度を下げていく必要がある。」(=そうしなかったから炉心溶融してしまったのだ。事にあたっていた当事者が、アメリカの先行事故のことも知らずに不勉強でバカだったからこうなったのだ、という主旨)、あるいは「的確な技術判断をしていれば、安全な冷温停止に導けたはずだ。」(=そうしなかったから、炉心溶融してしまったではないか。判断ミスだという主旨)

 

 これらについて、どうだろうか。私は、これらは「言い過ぎ・書き過ぎ」のように思えてならない。東京電力の本店にいた無能なスタッフたちはともかく、福島第1原発の現場にいた人間たちは、猛烈な放射能汚染の中で、電源を失って各種の装置が思うように動かない中で、更には、あちこちが地震にやられて壊れている可能性もあり、停電のせい以上に装置類や計測器類がまともに動かない中で悪戦苦闘していたのではないのか(たとえば、桜井氏が言う重要な装置である原子炉隔離冷却系や圧力逃し安全弁にしても、平常時のように、スイッチ一つで自在に動くような状態にあったのだろうか。何の問題もなかったのだろうか。圧力計や水位計も正常に機能していたのだろうか)(ちなみに3号機の公表データについては、東京電力によって、事故後さんざんに源データが作為・操作され、いじられてしまっているという話も聞いたことがある)。

 

 そんな状態にある人々に対して、事が終ってから、現場の状況や実態を詳細につかんでもいないままで、ああすればよかった、こうすればよかった、などという「後講釈」は、私は説得力がないように思う。ちょうど他人さまの将棋を横で見ている注釈氏は、その話だけを聞いていると、相当な将棋の名棋士で有段者のように思えることが多いが、えてしてそういう人は大した棋士ではないことがほとんどである。それと似たようなところがあるのではないか。

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(以下、田中一郎まとめ)

 私は、今回のような桜井淳氏の評論やコメントを、これまで何度となく読んできた。今回のエコノミスト掲載論文についても「またか」の印象が強い。同氏の議論は、原発事故やトラブルの本質を深く広く追及する姿勢に欠けており、たいていの場合が、原発・核燃料施設は本来的には大丈夫なものだ、問題はそれを運営・運転・管理規制する人間たちにあるのだ、という雰囲気の論調が多いように思われる。従って同氏は、原発・核燃料施設や原子力は、きちんとやればうまくいくし、それほど危険なものではないのだ、という、間接的な「原発・原子力擁護」のロジックが、その主張に目立たない形でビルトインされている。同氏が、原発の工学的な知識や見識に造詣が深いがゆえに、容易には素人の批判を寄せ付けない雰囲気もある。それが、同氏の「もっともらしき体裁」とあいまって、私は、ここだと言う時に多くの人々の判断を誤らせる、ある意味で危険な立論ではないかと懸念しているのである。今回、このエコノミスト論文をご紹介した主旨もそういうことである。

 

 表題にも書いたように、「いい加減な原子力工学評論に惑わされてはならない:何故、福島第1原発事故の原因を当事者能力の問題に矮小化するのか」というのが、私が申し上げたいことである。たかが電気を生産するのに、原子炉という危険極まりないものを使って湯を沸かし、その湯沸かし器が容易には人の手でコントロールできない、そんな程度の装置が原発・原子炉であると、突き放して認識をしておけば間違いないのではないか。従ってまた、危険で融通のききにくいポンコツ湯沸かし器である原発のトラブルもまた、根源のところでは大した技術的問題ではないことも、改めて指摘しておきたいと思う。

 

 脱原発をせよと、圧倒的多数の有権者・国民が意思表示をしているにもかかわらず、原子力ムラ・放射線ムラとその代理店政府の人間たちは原子力にしがみついている状態が続いています。背後には、おろかにも「核武装」の潜在的能力を保持するという、嘆かわしい思惑が走っています。そういう時代に生きるものとして、原子力ムラ・放射線ムラの放つ世論誘導のためのインチキを見抜く目を持っていなければなりませんし、また、今回の桜井氏のような「遊撃的原子力擁護論者」に対しても、警戒心を緩めてはならないのです。

 

<追>

桜井氏の記述の下記の2点についても簡単にコメントしておく。

 

(1)「いま、原子力規制委員会が進めている新基準適合安全審釜は、技術の問題であって、組織や人間の信頼性については、何も審査していない。そのような問題は倫理を説くだけで不確実性が高く、審査できないものの一つである。東京電力だけでなく、原子力発電所を所有する全国九つの電力会社に共通する重要な問題だ。」

(田中一郎)⇒ その通りだと思う。こういう点は、同氏の指摘は鋭い。

 

(2)「政府事故調は、所長命令違反の事実を把握していたにもかかわらず、吉田氏の個人的判断に基づく上申書を優先し、歴史的な事故の最中に起きていた国民の生命に関わる重大な事実を国民に公表しなかった。これは社会的に許容されない行為であり、事故調査委員会としての役割を二の次にして、東京電力の不都合な真実の隠蔽に加担したことになる。


(田中一郎)⇒ これもその通りである、「政府事故調査・検証委員会」(委員長:畑村洋太郎東京大学名誉教授)が「国会事故調査委員会」(委員長:黒川清東京大学名誉教授)に比べて信頼度が低いのはこういう点にある。但し、私は、吉田昌郎福島第1原発所長の証言や態度を必ずしも信用していないので、その点についても付記しておきたい。

早々

 

 

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