「100mSvをめぐって繰り返される誤解を招く表現」(津田敏秀岡山大教授 『科学 2014.5』 論文より)
前略,田中一郎です。
(別添PDFファイルは添付できませんでした)
別添PDFファイルは、今月号(2014/5)の岩波書店月刊誌『科学』に掲載された津田敏秀岡山大学大学院教授(疫学・公衆衛生学)の「100mSvをめぐって繰り返される誤解を招く表現」と題した論文です。
こともあろうに三度の核被害を経験した日本において、放射線被曝が(生涯累積で)100ミリシーベルトを下回れば、被曝者には何の健康被害も出ないかのごとき、奇妙・珍妙・乱暴で危険極まりない言説がはびこっているが、こうした言説は、疫学や科学統計に精通した学者からは「世界でも稀有な放射線影響のインチキ、ごまかし」とみなされている。昨今では、錯誤なのか意図的なのかは分からないが、「生涯100ミリシーベルト」のところが「年間100ミリシーベルト」にすり替えられて流行し始めているようで、放射線被曝の過小評価と「放射線安全神話」の蔓延は、本来なされるべき放射線防護をおろそかにしながら、近い将来の大きな悲劇に結び付いていきそうな気配である。
そして、こうした放射線被曝への軽率な態度が、実は原子力ムラ・放射線ムラが支配する政府及び似非学界・似非学者の手によるものであることがはっきりしているだけに、この放射線被曝評価をめぐる(官製)「風評被害」は、本当のことを知る者にとっては許しがたい詐欺行為としか思えないのである。
以下、津田敏秀岡山大学大学院教授(疫学・公衆衛生学)の論文を簡単にご紹介することで、この「100ミリシーベルト被ばく評価」のおかしさやインチキ性をクローズアップしてみたい。この論文は、一般人にも理解できる平易な表現で、ものの見事に、この(官製)「100ミリシーベルト論」のインチキをあぶり出してくれている。ただし、下記に箇条書きにするものは、氏の論文のごく一部であるので、願わくば岩波書店月刊誌『科学』を書店で求めるか、図書館等で閲覧し、その原文にあたっていただければ幸いである。
●岩波書店月刊誌『科学』
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/index.html
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/KaMo201405.html
<「100mSvをめぐって繰り返される誤解を招く表現」(津田敏秀岡山大学大学院教授(疫学・公衆衛生学)『科学 2014.5』 論文より):一部抜粋>
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◆その人物はいる
「100mSv以下の被ばくでは放射線によるがんが発症しない」かのように言う人がおり,それを真に受けた省庁などが公式文書の中に盛り込んで発表していることを警告して強調した。しかし多くの人々がつめかけた会場で私のプレゼンを聞いていた専門家の間からは,「そんな科学的に間違ったことを言う人が実際にいるのか、まさかいないだろう」とばかりに,失笑すら巻き起こった。しかし実際にいるのである。」(松浦祥次郎氏(日本原子力研究開発機構理事長,原子力安全研究協会評議員会長、原子力安全推進協会代表)
「放射線被ばくの人体影響や発がん物質の因果影響に限らず,一般に,われわれは因果関係を直接に認識・観察することはできない。直接に認識・観察できるのは,原因としてみなしえることがらと,結果として起こったことがらという個々の現象のみであり,因果関係そのものは,概念の世界に属する。したがって因果関係は,原因と考える個々の事象と結果と考える個々の事象のデータを集積し分析して形成された概念の世界において,統計学を用いた定量的な分析結果として記述されることになる。」
「曝露に感受性の高いがんでは統計的有意差が得られても,他のがんを含めた全部のがん(全がん)では有意差が得られないことがある。(中略)そのた
め,曝露に感受性の高いがんを他のそうではないがん全部とひっくるめてしまうと,たとえ統計的有意差があったとしても,リスク比やSMRの倍率は低くなってしまう」(要するにリスクが見えなくなってしまうということ:田中一郎)
「100 mSvの被ばくで全がん増加に統計的有意差がないことをことさら強調しでも,ほとんど何の意味もなく混乱を招くだけなのである。なぜなら、100
mSv以下で,放射線感受性が高いがんが統計的有意に多発していることを示す論文は,多数存在しているからである。また,ICRP 2007年勧告の「全がん」は全年齢層の平均なので,放射線感受性が高いがんが多発する若年者の多発の程度が薄められてしまうことにも注意しなければならない。」
◆「放射線副読本」の問題
「その12頁の下半分には,放射線医学総合研究所作成の「放射線被ばくの早見図J(改訂版)が掲載されている。この図では. 100 mSvに赤線が引かれ,そこから上向きの線量が高い方向への矢印があり. 「がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増えることが明らかになっている」と書かれている。これは,東日本大震災直後の2011年4月に放射線医学総合研究所のホームページに掲示され、翌年4月に差し替えられながらも多くの自治体や大学等が引用した「放射線被ばくの早見図J(旧版)の, 100 mSvに赤線が引いてあり,そこから下向きの線量が低い方向への矢印があり「がんの過剰発生がみられないjという記述よりは,やや改善されている」
「しかしこれでもまだ間違いと言わなければならない。「100mSv」から「がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増えることが明らかになっている」のではない。今日では,10
mSv程度(あるいはそれ以下)のレベルでも「がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増えることが明らかになっている」のである。これは1桁以上間違えた記載である。」
「これまで指摘してきたように,この記述は,統計学の基礎知識を無視する人たちがICRPの2007年勧告の記載を読み違えたために生じた,初歩的ながら社会的には重大な誤りである。文部科学省を名乗る組織が,科学の文法である統計学知識の初歩的な誤りに起因する誤った言い方を記載した副読本を配布するべきではない。」
「また,この副読本の同じく12頁には,「低線量被曝による影響の度合いが,大人と子供でどれだけ違うかははっきりとはわかっていません」と書いているが,わかっているのである。大人と子どもで低線量被ばくによる発がん影響の度合いが違わないと言う専門家はいないだろう。ICRPや彼らがもとづいている広島・長崎では,追跡集団が被ばく13年後の1958年に確立されたので,大人と13歳以下の違いに関するデータが集められていないため分析できないだけである。これを「はっきりとはわかっていません」と書くのは誤りである。」
「なお,「放射線が人の健康に及ぼす悪影響については,まだ科学的に十分な解明がなされていません」とも副読本は書いているが,タバコによる人体影響とならんで,放射線の人体影響は科学的に極めてよく解明されている。放射線の影響が十分に解明されていないと言ってしまうと,解明されている発がん物質などなくなってしまう。f科学的解明jがどのようなものかを理解していれば,このようなことは書けないはずだ。20日年以降の日本の放射線の健康影響に関する話題は,一貫してこのような暖昧な話が多い。」
◆「放射線リスクに関する基礎的情報」の問題
「復興庁など(内閣府,消費者庁、復興庁,外務省,文部科学省,厚生労働省、農林水産省,経済産業省、環境省、原子力規制庁が連名)が公表した『放射線リスクに掬する基礎的情報j(以下、「基礎的情報」と略する)という冊子が復興庁のホームページ上で公開されているが,これもまた,大きな誤解を与える可能性のある表現を用いている。」
「大規模な被ばくデータは,広島・長崎以外にも数多く存在し,広島・長崎のデータより規模が上回るデータもあるのに,ここでも相変わらず,広島・長崎に投下された原爆による発がんデータにしか言及されていない。それに福島県では,広島・長崎の調査よりもずっと多く(約10倍規模)の県民が低線量放射線に被ばくしていることにもふれられていない。」
「がんリスクの増加は明らかになっている。この「基礎的情報jを書いた各省庁が具体的なデータでがん種別・年齢別の多発状況を示していないICRP 2007年勧告しか目を通さず,放射線による人体影響に関する数多くの論文には目を通していないから,こんな単純な勘違いに気づかないのである。」
「放射性物質のような発がん物質は,物質により発生しやすいがんが大きくばらつくことが常識なのに,全部のがんを併せて,全部の年齢層を平均したリスクを比較するようなおおざっぱなことを,専門家や一般市民を含め一体誰がするというのだろうか? ところがそれを,「基礎的情報」や国立がんセンターはしているのである。」
「〈放射線と生活習慣によってがんになるリスク〉と題した表においては,
100-200(ミリシーベルト/1回)のところに,がんの相対リスク(リスク比被ばく
していない人に比べて被ばくしている人に何倍がんが多発するかの指標)が1.08倍と書かれ, 100(ミリシーベルト/1回)のところには,「検出不可能jと記されている。これまで繰り返し指摘してきた統計的有意差がないことを検出不可能と混同した,明らかな初歩的間違いである。」
「この「検出不可能」(実は統計的有意差がないにすぎない)は,広島・長崎の追跡データ上の話に限った,全年齢層,全がんを含めた話であり,年齢別もしくはがんの種類別に分析されれば検出可能であることは,広島・長崎の追跡データを含め,世界中の被ばく者を含むデータにより実証されている。」
「放射線医学総合研究所のホームページに掲載されていた放射線被ばく早見図と同様に,国立がんセンターもまた,大きな誤解を与える可能性のある表を掲載してい
たことになる。」
「さらに,同じ15頁の「14.放射線防護を講じる際のICRPの基本的考え方」本文では,これまで論じてきた100ミリシーベルト以下の話題が,勝手に「年間100ミリシーベルトを下回る」と「年間Jが付け加わっている。」
「1年間100ミリシーベルト」と「年間Jを付けてしまっては労働安全衛生法(電離放射線障害防止規則)で定められた労働者の被ばく限度の倍になり,5年間の被ばく限度をI年で浴びることを意味する。いつの間にか「年間」まで加わった100ミリシーベルト関値説まで流布していることがわかる。」
「これが単純なミスで済まされないのは,
2014年1月14日の東京地方裁判所民事第2部の福島第一原子力発電所設置許可処分無効確認請求事件判決(川神裕裁判長)の中で,(中略)裁判の判決文にまでなっているからである。このような誤った判決が今後は判例となりうるのである。」
◆甲状腺がん議論の迷走
「「県民健康管理調査」検討委員会の第2回「甲状線検査評価部会」が,2014年3月2日に福島市内で開かれた。部会では「甲状腺がん検診を福島県内で続けているために過剰診療につながっている」という主張が出て大激論になった。つまり,本来ならがんとして診断されない患者までががんとして診断され,その結果,検診をしなければここ切除する必要がない甲状腺まで切除されてしまっているという主張である。これは,国立がんセンターの津金昌一郎がん予防センター長と東京大学大学院の渋谷健可教授という「疫学の専門家」から出た。」
「ただこの二人の疫学者は,福島県内で甲状腺がんの発見割合に統計的に有意なばらつきが見られていることに気づいておられない。この有意なばらつきは,スクリーニング効果説だけではまったく説明できない。お二人とも県が用意した資料だけを一瞥しただけで,そこに載っているデータをまとめ直すという読み方をしていないのである。」
「渋谷教授などは,福島県だけを調べても因果関係に迫れないと主張していた。つまり,渋谷教授は,福島県内で線量分布がばらついていることに気づいていないのである。」
「さらに小児甲状腺がんスクリーニングが,チェルノブイリ周辺で行われているのだが,そのデータもお二人は見ておられない。複数存在するその結果は,スクリーニング効果が小児甲状腺がんではあったとしても大きくはないことを示している。これらの背景知識をもとに,いま福島県で集められている甲状腺がんに関するデータを素直に読めば,過剰診療よりも多発であるとわかるのに,
まるでそこ(甲状腺がんの多発)にだけは触れたくないようなのである。」
◆データにもとづく討論を通じた情報交換が必要
「しかしこのまま根拠のない危険な思い込みが国内に流布されたまま放置するわけにはいかないので,100
mSv関値説の問題について,メディア各社は一日でも早く周知徹底すべきである。そのために必要であれば,いつでも公開討論会もしくは紙上討論会を企画していただきたい。直接の討論を避ける日本独特の習慣も,ここまで来ると危険である。」
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早々
(参考)「いちろうちゃんのブログ」より
● 原発・被ばく、こんなのおかしいのとちがう?(1):原発取材後の鼻血の描写、「美味しんぼ」物議(2014.4.29付毎日新聞他各紙) いちろうちゃんのブログ
http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/2014429-53cc.html
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