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2014年4月19日 (土)

(これまでの脱原発市民運動・社会運動と) 小泉・細川グループとの「脱原発」連携について

 

前略,田中一郎です。

 

 既に、2014415日付東京新聞夕刊、及び416日付東京新聞朝刊で報道された通り、小泉・細川グループはこのほど、脱原発を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」を設立し、安倍晋三政権が原発推進方針を明確にする中、学者や文化・芸術など幅広い分野の著名人が参加し、脱原発の国民運動を起こす取組を始めるようである。今年秋の福島県知事選挙をはじめ、来春の統一地方選挙での脱原発候補支援を視野に入れているという。

 

●東京新聞 小泉・細川氏共闘第2章 脱原発国民運動へ政治 (TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014041502000235.html

 

●東京新聞 原発ゼロ 共闘巻き返し 小泉・細川氏「自然エネ」法人設立へ核心 (TOKYO Web)

http://ameblo.jp/heiwabokenosanbutsu/entry-11824553021.html

http://www.tokyo-np.co.jp/article/kakushin/list/CK2014041602000158.html

 

  この動きについては、原発立地自治体の首長、及び地方議会選挙での脱原発統一候補擁立が可能となる第一歩が踏み出されたという点で、まずは前向きに「歓迎」のスタンスでいいのではないか。しかし、脱原発は地方選挙で勝利するだけでは実現できない。原発・原子力に関する国の方針は、申し上げるまでもなく政府が国会の承認を経て決めており、これを脱原発の方針に抜本的に切り替えるためには、脱原発派が国政選挙で勝利し政権交代を実現させなければ、その実現は難しい。これから脱原発実現の「本丸」とも言うべき2016年の国政選挙(おそらく衆参同日選挙)に向けて、脱原発統一候補の擁立に全力を挙げていく必要がある。その際に重要なことは、統一候補擁立に参加する各政治勢力やグループが、お互いがお互いの「異なる点」を際立たせて「言い争い」をするのではなく、お互いの「共通する点」「共鳴できる点」をできる限り多く見つけて、手を取り合うことである。さしあたり我々が争う相手は、原発・核燃料施設を再稼働させ、核燃料サイクルを継続させ、原発を輸出し、ロクでもない「エネルギー基本計画」なるものをでっちあげ、原子力利権に絡みとられている原子力ムラ、及びその代理店政府、つまりは自民党や公明党、民主党などの原子力推進勢力、及びその補完勢力である。本当の「敵」を見失ってはならない。

 

 地震・津波列島であり、また世界でも例のない活火山列島の日本には、原発・核燃料施設を立地することが可能な土地は存在しない。地震・津波・火山噴火に対して絶対に安全な原発・核燃料施設など存在せず、そもそも「安全な原発」などという言葉は、絶対にあり得ない嘘八百の形容矛盾そのものである(例えば「安全な超危険物」「きれいな汚物」という表現と同じ)。そして、その日本列島が、およそ10年ほど前より活発な地殻変動の時代に入り、それ以降、毎年のように大きな地震・津波・火山噴火が伝えられるようになってきている。火山活動は地殻変動の地震と連動していることは言うまでもなく、火山噴火と大地震は、それぞれが相互に近い将来の大地震・火山噴火を予知するものに他ならない(よく例に出されるのが鹿児島・桜島の噴火と関東大震災の連動性)。まさに、日本列島に50基以上存在している原発・核燃料施設が、まるで日本を破滅させる「時限核爆弾」の様相を呈し始めていることに最重点の関心が置かれなければならない。簡単にいえば、このままいくと、ほぼ確実に日本は、大地震・大津波・火山噴火・その他を契機とする原発・核燃料施設の再びの過酷事故によって放射能汚染地獄に陥り、国丸ごと滅び去ってしまうということである。これは何としても止めなければならない。滅亡を防ぐことは、あらゆることに対して最上位にあってしかるべきである。

 

 しかし、2016年の選挙は、国政という日本全体の政治を取り仕切る国会議員の選出選挙であることを鑑みれば、次の諸点についても、しっかりとその問題点と改善のポイントを自覚をしておき、当面は「争い」はしないけれども(意見の相違として、その扱いを保留しておく)、脱原発=原子力エネルギー利用の即時・完全・永久廃棄が確定した段階で、早期にその解決に取り組む必要がある。これらは、原発・原子力問題がなかりせば、日本という国をどうしていくかの最も根本的な現代的問題点ばかりであり、決して「小異を捨てて大同につけ」の「小異」などではない。たとえば、市場原理主義との決別は、理不尽な労働法制や貧弱きわまる社会保障制度の下で、何百万・何千万人もの多くの人々が、働けど働けど貧困状態に追いやられ、苦しめられていることを鑑みれば、とても現状の悪政を放置できるものではないことは明らかである。また、日本国憲法と平和主義の問題は、申し上げるまでもなく、安倍晋三・おぼっちゃま似非右翼政権の軍事大国化=戦争をする国への暴走を止める国是の最重要課題である。あるいは、新しい民主主義とは、有権者・市民の参加と自治、情報公開を基本にした新しい日本の政治の在り方の構築であり、具体的には、直接民主主義的手法の制度化や情報公開制度の抜本拡充、あるいは公職選挙法や選挙制度の改正などを含む日本の政治世界の抜本的な改革を意識したものである。

 

 

(1) 脱被ばく、及び(福島第1原発事故その他の原子力関連)被害者完全救済

(2) 市場原理主義との決別(TPP、貧困、国家戦略特区、労働、規制緩和、民営化等)

(3) 日本国憲法と平和主義の継承発展

(4) 新しい民主主義の確立と有権者・市民の参加・自治(国民主権の拡充)

 

 これらの現代的に焦眉な諸問題は、「脱原発統一候補」擁立の妨げにならない限りで、言いかえれば、深刻な対立関係に至らない限りで、これからの運動や協力関係の中でお互いが意見を交換し、可能な限り共通点・一致点を見出して、それを国政の追加的課題として目標にしていけばいいだろう。脱原発というワン・インシューだけに「しがみつく」のではなく、焦眉の諸問題を可能な限りで建設的に議論する中で、懐が深く幅も広く、寛容でゆとりをもった本当の意味での「保守」であり、また、批判的行動力だけでなく、着実な政策実現能力と真の持続的活力を持った「革新」でもある政治カルチャーや社会運動センスを鍛え上げていけばいいのではないか。問題解決の着手に「段階や順序づけ」をすることは、決してそれぞれの問題に取り組まないことではないし、問題そのものを無視することでもない。どう動いても時間はかかるのだから、冷静に判断をして、重要なものから順次賛同者を幅広く募って取り組み、確実に実現させつつ前に進んでいく、そういう「急がば回れ」式の合従連衡型政治決戦を構築していけばいいのではないか。そして、人間は社会的に学習する、運動や取組の中で変化していく。必ずやこうした不断の努力が、やがては多くの有権者・市民を政治的に活性化させ、覚醒させ、より高次の民主主義社会が実現してくることになるだろうことを信じてやまない。案ずるより産むがやすし、とはこのことではないだろうかと思う。

 

 それから大事なことがもう一つある。小泉・細川グループは、東京都知事選挙で見せたような「どの勢力とも協力・共同は行わない」という態度は、今度はおやめいただきたいと思う。東京都知事選挙での教訓を生かし、原発・核燃料施設の即時廃止・廃棄というホンモノの脱原発方針で一致する、可能な限り多くの勢力の結集を図り、原発立地自治体の首長選挙のみならず、脱原発政治決戦の「天王山」とも言うべき2016年国政選挙での脱原発統一候補擁立と、その全員当選・脱原発議員の国会での圧倒的多数の議席の実現を図ってほしいものである。当面の注目は、今回の小泉・細川グループの新たな動きが、広く有権者・市民や脱原発市民運動・社会運動に開かれているかどうかを見極めることである。私は、小泉・細川グループに、心からそのやり方と体質を改めてくれることを願っている。

 

<下記のような諸点に留意しておく必要がある>

(1)脱原発とは、単純に原発を止めることではない。脱原発とは「脱原発レジーム」であり、原子力ムラ一族の社会的根絶・一掃のことである。原発に絡まりついている社会的関係とでもいうべき「構造」、あるいは「体制」を徹底して解体し、これを担ってきた「利権集団」の原子力ムラを社会的に葬り去らねばならない。そして、これらが元に戻らないようにすることが脱原発である。それは断固たるものであり、徹底したものであり、恒久的なものでなければ意味がない。ただ単純な原発稼働停止や再稼働阻止では、政治情勢によっては一時的なものにとどまり、再び原子力ムラの復活とともに再稼働となってしまう可能性大である。

 

(2)脱原発のニセモノに要注意である。いわゆる「口先やるやる詐欺」をしっかり見抜き、中途半端なものや「方便」で言われているものを排除して、確実な脱原発を実現させなければならない。ニセモノや中途半端ものは、原子力ムラ・原子力推進の補完物として見るというスタンスがきわめて重要である。そして、その典型は、脱原発はするけれども、それは何十年か先にやります、というタイプの、段階的・漸次的シナリオに固執するタイプである。これらは電力やエネルギー供給に関する誤った認識の上に、優柔不断性や中途半端な「足して二で割る」式のくだらない打算、あるいは小ざかしい二股方式のようなものが混入しており、結果的に脱原発を先送りするだけの「似非脱原発」である。脱原発とは即時廃棄でなければ意味がない。地震や津波や火山噴火は、人間の「問題解決先送り都合」を待っていてはくれない。今すぐにでも、大地震・大津波・大噴火が原発・核燃料施設を襲わないとも限らないのである。愚か者の自己都合は自然に対しては通用しないのだ。

 

 そして、小泉・細川グループの最も優れた点は、未来の脱原発を主張しているのではなく、今この時の、即時の原発・核燃料施設の廃棄=即時脱原発を主張している点である。小泉純一郎氏曰く「脱原発は今やらなければできない」。これならば一緒にやれる。

 

(3)いずれの選挙においても、選挙の争点を明確化させることが重要だが、とりわけ2016年の国政選挙や原発・核燃料施設の立地自治体での選挙では、脱原発こそが最重要・最優先の課題であることを有権者・市民に納得してもらうこと、そして、どの候補が脱原発であり、どの候補が原発推進、ないしは中途半端のニセモノ・「似非脱原発」であるのかをはっきりさせることが最重要の課題である。市民運動・社会運動では、脱原発候補者一本化・統一とともに、選挙争点の明確化と原発推進・ニセモノの明確化という「2つの明確化」が欠かせない必須の取組事項である。

 

(4)そして、この国のあり方の最終的な決定権限者=主権者である有権者・市民には、何度も何度も原発・原子力とはどういうものなのかを、繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し、耳タコが何百個もできるまで、繰り返し繰り返し、説明し納得してもらうよう努力しなければならない。そしてそれは、選挙が始まってからではもう遅い。今から活動を開始し、原発・原子力の正体を明らかにし、選挙においては誰に投票をすべきか、誰に投票してはいけないかを、明確に有権者・市民に訴えるべきである。その際に重要な点は次のようなことである。

 

 <脱原発を訴える場合の重要ポイント>

● そもそも原発・原子力は必要ない(電気は足りてるし、代替手段はいくらでもある他)

● 原発は必ず過酷事故を引き起こし、立地地域を含む広範な地域をめちゃめちゃにしてしまう危険極まりない装置である。地震・火山列島の日本に適地はなく、一刻も早くやめないと大変なことになる。安全な原発・核燃料施設など存在しない。

● 原発がなくても地域経済を含む日本経済は大丈夫だし、むしろ、ない方がよりスムーズに発展する(再生可能エネルギーその他)。原発依存経済はロクでもない。

● 原発は経済的に有利で安価であるどころか、割高で高コストの発電設備である。原発の「安価神話」は原子力ムラによってでっちあげられたインチキである。

● 原発は嘘八百やインチキの塊であり、秘密主義とご都合主義に貫かれている。

● 原発だけでなく、使用済み核燃料が危ない(場合によっては原発本体以上に危ない)

● 核燃料サイクルは「サイクル」などしない。極めて危険で効率の悪いワンウェイ型の核施設にすぎない。また、核燃料サイクルは核兵器製造と表裏一体の関係にある。

● 原発・核燃料施設から出てくる核のゴミは処分ができず、事実上、何十万年もの気の遠くなる期間、環境から隔離して厳重管理が必要となる。そんなものを大量の生み出す原発・原子力は、未来世代に対して許されないものだ。また、大深度地下への使用済み核燃料の長期貯留は、地質変動の激しい日本では、かえって危険である。

● 福島第1原発事故の原因も分からず、その教訓も活かされないで、全国の原発・核燃料施設が再稼働されることは許されない。

 

 <方法論的な重要ポイント:現状では全然できていない>

 誰にでもわかるように平易であり、かつコンパクトでなければならない

 脱原発運動の仲間の「外」に向かって、言いかえれば、一般の有権者・市民に向かって訴えなければ意味がない(「うちわ」で言い合いをしていても無意味)

 選挙期間のずっとずっと前から日常不断に繰り返し繰り返し訴え続けることが大事

 

(5)上記でも書いたように、原発・核燃料施設は、原発施設本体だけでなく、使用済み核燃料プールが極めて危険であることに留意しておく必要がある。当面の緊急課題は、全国各地の使用済み核燃料プールが福島第1原発4号機のようにならぬよう、使用済み核燃料を水のプールから「乾式貯蔵」に移し替え、地震・津波・火山噴火の危険性から遠い土地に移管してしまう必要がある。今現在のままでは、大地震・大津波・火山噴火に襲われた場合には、原発・核燃料施設本体以上に悲惨な状態に陥りそうなものが全国に多く放置されたままになっている。

 

 <具体的なことで留意しておくべきこと>

(1)2016年の国政選挙が脱原発統一候補による政治決戦の「天王山」であるが、それまでにも、統一地方選挙をはじめ、原発・核燃料施設立地自治体での首長選挙や議会議員選挙、あるいは場合によっては国会議員の補欠選挙などが実施される(今回の鹿児島衆議院2区のごとく)。これらについても、しっかりと選挙協力を行い、脱原発統一候補を擁立して当選させていくことが重要である。

 

(2)そのためには、全国の原発・核燃料施設立地自治体での、直ちにの政治的な取組体制の構築が重要である。選挙は、選挙公示期間が始まるころには、その結果がどうなるかはほぼ決まってしまっている。選挙期間中にいくら焦ってがんばったところで、その取り組みには物理的時間的な限界があり、時々の大勢をひっくり返すことは難しい。選挙期間が始まるまでに、脱原発の市民運動・社会運動はその体制を整えて、脱原発統一候補擁立へ向けて全力を挙げる必要がある。これまでの市民運動・社会運動の一部に見られたように、「政治のような争い事には巻き込まれたくない」式の政治的中立主義(政治的カマトト主義)では、少なくとも脱原発は実現しないだろう。原発・原子力は、合理性も、経済性も、正当性も、倫理性もないままに、政治の力によってのみ強引に押し進められているのだから、その政治を変えないと、それを止めることは難しいのだ。

 

(3)国政選挙での統一候補擁立の取組は、衆議院なら全小選挙区、参議院なら全地方区での候補者の一本化ないしは統一がポイントであり、原則として、比例区には手を出さない。また、既成政党を無視・軽視せず、本気で脱原発に取組むことを約束する勢力には広く門戸を開いておくべきである。そして、脱原発を大きな国民的運動に仕上げながら、来る2016年の国政選挙に臨むべきである。

 

(4)地方選挙の場合には、それぞれの地方での事情が優先されて、候補者の統一がはかられていくだろう。しかし、国政選挙となると、次の2点の問題があって、必ずしも各地域の事情だけで事が決まるとは限らない。高度で、かつ成熟した政治的妥協が求められる。一般論では論じ尽くせない、候補者統一の利害調整の困難の認識とその克服が強く求められている。ともあれ、2016年の国政選挙へ向けて、全国の選挙区を統一的に調整する(脱原発)「候補者調整会議」(仮称)をできる限り早く設置し。既成政党に声をかけて選挙調整作業が始められる体制づくりを一刻も早くつくるべきである。

 

● 既成政党には全国レベルでのトータルの選挙戦略があり、その立候補調整となると、全国の選挙区への候補者の戦略的配置の問題があるので、各地域の事情だけでは候補者の一本化や統一は難しい場合がある。特に大都市部で、その傾向が強くなるだろう。

 

● 衆議院選挙の場合には、候補者が選挙区と比例区の両方に立候補をし、選挙区落選者が比例区で復活当選するという、おかしな制度がまかり通っている。この制度があるために、中小政党は選挙区での立候補者調整が難しくなる可能性がある。

 

(5)上記で申し上げた(脱原発)「候補者調整会議」(仮称)には、これまで脱原発運動に取り組んできた市民運動・社会運動の代表者・リーダーと、今回、脱原発運動を新たに立ち上げ、様々な選挙にも取り組もうとしている小泉・細川グループからの代表者が、ともに協議の席に着き、既成政党にも声をかけて、一刻も早くホンモノの「脱原発統一候補」を決め、その候補を軸に、それぞれの選挙区で、脱原発の訴えを開始すべきである。時間がたてばたつほど、選挙をにらんでの脱原発の訴えをする時間が乏しくなり、それだけ選挙の争点がボケて、これまで繰り返してきた「有権者・市民が情報を遮断されたままの下での選挙」となって、原発推進や似非脱原発・ニセモノとの決別が難しくなる。

 

(6)脱原発の成功のカギは、原発・原子力の本当のことをどこまで有権者・市民に伝えられるかにかかっている。何故なら、全ての有権者・市民が原発・原子力の本当のことを知れば、原発・原子力には何の利点も合理性も安全性もないことがわかり、かつ倫理的にも未来世代へのツケ送りであることから許されるはずもなく、もはや判断の是非は問うまでもないこととなる。しかし、論理的に正しいことは、そのまま政治的な現実になるとは限らないのがこの世の常である。2016年の国政選挙は、この脱原発のジレンマを解消させる(ひょっとすると最後の)チャンスと覚悟を決め、これまで脱原発運動に取り組んできたグループも、小泉・細川グループも、そして既成政党で脱原発を誓った政治勢力も、脱原発勢力みんなが力を併せて、今度こそ、原発・原子力の永久廃絶と原子力ムラの社会的一掃を実現させましょう。容易ではなさそうに見えますが、合理性と正義は我ら脱原発派にあるのです。悠々堂々と取り組んで行きましょう。

 

  最後に申し上げたいことは、愛と正義は必ず勝つ、ということです。これを信じましょう。あせらずに、愚直に、正直に、まっすぐに、共通点と共感を大切にし、共に闘う者へのやさしさと寛容とを、そして闘う相手=原子力ムラ・原子力推進勢力に対しては断固たる厳しさとを併せ持ち、ニセモノや中途半端を許さず、しっかりとゴールを見据えて、原発・原子力の即時廃棄=真の脱原発実現へ向けて第一歩を踏み出しましょう。

 

早々

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

日本全国のみなさま、これから原子力ムラへ「鬼退治」に出かけます。桃太郎になる人、キジや犬や猿になる人、きび団子を作る人、みんなそれぞれでいいんです。力を合わせて鬼退治です。やりましょう、始めましょう。さあ、桃太郎の歌を歌って出発です。

 

 

 

♪♪ 桃太郎

 

http://www.uta-net.com/movie/101879/

 

 

 

一、桃太郎さん 桃太郎さん
お腰(こし)につけた 黍団子(きびだんご)
一つわたしに くださいな

 

 

 

二、やりましょう やりましょう
これから鬼(おに)の 征伐(せいばつ)に
ついて行くなら あげましょう

 

 

 

三、行き(いき)ましょう 行きましょう
あなたについて どこまでも
家来(けらい)になって 行きましょう

 

四、そりゃ進め そりゃ進め
一度に攻めて(せめて) 攻めやぶり
つぶしてしまえ 鬼が島(おにがしま)

 

五、おもしろい おもしろい
のこらず鬼を 攻め(せめ)ふせて
分捕物(ぶんどりもの)を えんやらや

 

六、万々歳(ばんばんざい) 万々歳
お伴(おとも)の犬や猿雉子(さるきじ)は
勇んで(いさんで)車(くるま)を えんやらや

 

 

 

 

 

 

 

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