週刊金曜日は「福島エートス」のまねごとを始めたのか? 疑問多い新連載マンガ「郡山もんもんライフ」
前略,田中一郎です。
(別添PDFファイルは添付できませんでした)
硬派の権力批判で著名な雑誌『週刊金曜日』に,先月(2014年1月)から新連載マンガ「郡山もんもんライフ」(別添PDFファイル)が掲載されはじめた。毎週ではなく,どうも月1回の連載マンガのようで,今月号は今週2月14日号に第2回目が掲載されている。原発を巡る出鱈目な「構造(レジーム)」に対して厳しい論陣を張ってきた同誌なので,この漫画もまた,期待ができるのではないかと思い,目を通してみたが,驚くべきか,その内容について逆の印象を強くしてしまった。
一言でいえば,放射線被曝,とりわけ恒常的な低線量被曝に関する認識が甘いとしか言いようがない記述が散見されている。特に第1号(2014.1)は,タチの悪い原子力ムラ・放射線ムラの御用人間の言うことのマンガ版のような内容になっており,私はこれを見た時に,「おそらくこれは,第1号だから,問題提起として,こんなことでほんとうにいいの? という,疑問符付きの事例として最初に描いたのではないか」と思っていた。
しかし,今週号の第2号のマンガを見て,そうではないことがわかって驚いた。前回のマンガはそれで「読み切り」となって終了し,今週は別の話になっている。つまり,前回の話は,簡単に言えば「福島県産の食べ物に放射能汚染の懸念があったが,しっかり検査されているはずだし,流通している物は安心だから,県産品を信じて食べよう,そうして若干の心配があったけれども、WBCで内部被曝を測ってみたら低かったので,もう安心だ」と,まあ,こんなストリーになって,完全に終わってしまっているということだ。つまり,福島県のみなさま,県産品についてご心配には及びません,安全は確保されていますから,安心してお食べください,というメッセージを送るような格好になっているわけである。
だが,事実はそうではないことは,もう繰り返すまでもない。農産物・林産物はロクすっぽ検査されていないし,しかも,検査されているのは放射性セシウムだけにすぎない。また,居住に伴う呼吸被曝の懸念は続いているし,県内あちらこちらが危険なホット・スポットだらけである。WBCでは足切り水準が高すぎて人間の内部被曝の実態は分からないし,そもそも,内部被曝の場合に危険なベータ核種やアルファ核種による内部被曝はわからない。尿検査の方がよほど精密で正確だし,その他の検査を組み合わせないと,被曝実態の把握は難しい。しかし,こんなことは,これまで散々言われてきたことだ,『週刊金曜日』は,そういう福島県及び放射能汚染地帯にされてしまった地域のことについて,こと放射能汚染や放射線被曝に関しては,今まで誰が何を言おうと,馬耳東風でやってきたということなのか。
今週号の「その2」は除染についての話で,それ自体は前回ほどひどい内容でない。しかし,最後のところが看過できない。そのまま書いてみよう。(除染によって空間線量は除染前の半分くらいに下がって,0.14~0.30マイクロシーベルト/時となった)「香港は0.23μSv/h,ロッテルダムは0.33μSv/h,香港かロッテルダムに住んでいるつもりで暮らそう」などと書いて,漫画を終わっている。要するに,そこそこ下がったのだから,我慢して住み続けろよ,という意味に受け取れる。
要するにこの漫画,放射能汚染と放射線被曝について,とりわけ恒常的な低線量被曝(外部被曝・内部被曝)についての認識が甘いのだ。しかも,何故,福島県をはじめ,「東京電力(福島第1原発)放射能放出事件」によって放射能で汚染された地域に住んでいた人達が,理不尽にも,その事故による放射能で被曝させ続けられねばならぬのか,その理不尽さに対する怒りや拒否感も弱い。だから,掲載漫画(その1)(その2)で見られるような,まるで放射能汚染と放射線被曝が,被害者の人達にとっては,避けることのできない半ば運命であるかのごとき,いたしかたのない,受け入れざるを得ない,やむを得ない,避けられないものとして描かれ,最後はそれにもたれかかるようにして,仔細の真実から目をそらすようにして物語を終わっているのではないのか(わずかばかりの精神的な安定感や,中身のむなしい安心感を演出しながらではあるが)。
私から『週刊金曜日』の編集部に電話で抗議をしたが話にならなかった。『週刊金曜日』もまた,他人に厳しく自分に甘い,世に多く存在する俗物組織の1つにすぎないのかもしれない。しかし,『週刊金曜日』がどうであれ,「東京電力(福島第1原発)放射能放出事件」に伴う放射能汚染と放射線被曝の危険性の軽視や矮小化は絶対に許すわけにはない。放射線被曝に対して甘い「同情」を囁きながら,自助自立でその被ばくを克服できる,猛烈な線量と放射線被曝環境であっても,自己測定や被ばくの日常的な低減化,あるいは精神的な堅固さと安定さえ保てば,人間は放射能・放射線被曝・原発過酷事故とでも共存していけるのだという「教え」をとく,現代の悪魔教=それが「フクシマ・エートス」だが,この漫画は,その一翼を担っていると言えなくもない。あの『週刊金曜日』が掲載している漫画が,被ばくの軽視や矮小化に対する批判に馬耳東風で,その片棒を担ごうというのだから,私には信じがたいものがある。
『週刊金曜日』の編集部の諸君。何ゆえに,福島県をはじめ,被害地域の人達が,放射能汚染に曝され,従ってまた,恒常的な低線量被曝を押し付けられ続けなければならないのか,その根本のところから考えれば,こうした漫画の掲載は許されない,ということが理解できるのではないのか? 基本は「すべてを事故前の状態に戻せ」ということであり,それに向けて全力が尽くされていればともかく,こと放射線被曝については,インチキの上に手抜き・切捨てが行われている現状を前に,認識が甘すぎるのではないか。
原発・核燃料施設の再稼働を含む原発に関しては激辛の論陣を張る人間達が,こと放射線被曝や放射能の問題になると,たちまち,甘い態度を示し始める。そんなことで脱原発など,できるはずもない,と申し上げておこう。放射線被曝がある程度やむを得ないのなら,危険度が低い原発を少々稼働させたって,いいではないか,という議論に結びついていくのは自明のことではないのか。脱原発は脱被曝と一心同体であることを忘れてもらっては困るのだ。
早々
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