(食品の残留放射性セシウム検査)厚生労働省による重点対象品目の削減は許されない
(食品の残留放射性セシウム検査)
厚生労働省による重点対象品目の削減は許されない
「原子力資料情報室」会員
ちょぼちょぼ市民による政策提言の会(運営委員)
田中一郎(ichirouchan@withe.ne.jp)
既に,地方紙などで報道されておりますが,厚生労働省はこのほど,直近1年間の検査結果を勘案し,従来の自治体による飲食品の放射能検査の「指針」を見直す旨を発表いたしました(自治体はこの「指針」をベースに「検査計画」を策定することになります)。今回,その内容をチェックしてみましたら,それが実にひどいものであることが分かりましたので,以下,簡単にまとめてお知らせいたします。
<厚生労働省通知文書>
(1)厚生労働省「厚生労働省 農畜水産物等の放射性物質検査について(2013年3月19日)」
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xu6w-att/2r9852000002xu8k.pdf
(上記文書の1ページ目だけを後添しておきます)
(2)原子力災害対策特別措置法第20条第2項の規定に基づく食品の出荷制限の設定について|報道発表資料|厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xs1v.html
(上記(1)と同じ内容のものです)
<ネット上の新聞情報>
全国紙がこの件をきちんと報道しないのはおかしな話で,下記の通り,報じているのは地方紙が中心です(全国紙では朝日新聞が小さなベタ記事を載せた程度)。
(1)河北新報 内外のニュース/食品のセシウム検査縮小へ 厚労省
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/03/2013031901002365.htm
(2)信濃毎日新聞[信毎web]|国内外ニュース 食品のセシウム検査縮小へ 厚労省
http://www.shinmai.co.jp/newspack3/?date=20130319&id=2013031901002365
(3)中日新聞食品のセシウム検査縮小へ 厚労省社会(CHUNICHI Web)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2013031901002365.html
1.通知文書が国民向けの説明の体をなしていない
上記URLから文書をダウンロードしてお読みになれば分かりますが,この文書は汚染地域で放射線被曝を心配する子どもたちの親御さんをはじめ,多くの国民の飲食から来る内部被曝への懸念に対して,国としてきちんと応えるようなものでは全くありません。その出鱈目ぶりを,以下に簡単にまとめておきます。(以下「である調」で書きます)
(1)今回,何を検査対象から外したのか,旧指針内容と今回打ち出された指針とが,どこがどう違うのかを説明する文書が添付されていない。一般的にどの省庁でも,規定や指針などを改定する際は,広く国民に理解を求めるべく新旧対照表を添付している。しかし厚生労働省は,この指針改定についての問い合わせに対して「そんなものは用意しない,自治体からそんな話は出ていない」と居直り,「この文書は自治体宛に出したもので,お前たち(つまり私たち)一般国民などに向けて出したものではない」との態度だった。消費者・国民に対して説明責任ゼロの文書である。
(2)過去約1年間の検査結果を鑑みて改定したというが,その過去1年間の検査のあり方や検査結果に対する分析や反省が全くない。週刊誌等で報じられているところによれば,現下の飲食の放射能検査(正確には放射性セシウム検査)は,流通する商品の数に比較すると,ほとんど検査されていないに等しいくらいに検査数が少なく,品目によっては全く検査されていないものも少なくない。また,加工食品や外食については取扱業者に丸投げされ,検査をする・しないを含めて全て業者任せである。第三者のチェックは皆無である。
そもそも現下の飲食品検査は,消費者・国民が内部被曝をしないために行われているのではなく,何とか残留放射能の規制値をくぐりぬけて,生産されたものを商品として売り抜いて行けるようにするために検査がなされており,従ってまた,検査品目が特定の品目に偏っている。具体的には,牛肉と米,及び魚種が極端に偏った水産物(タラ,スズキ,底魚,淡水魚)で,これまで検査してきた食品の大半を占めているという状態である。言い換えれば,ほとんどの食品は検査されていないのだ。
また,検査のやり方についても,サンプリングの方法やロットの取り方,検査対象の採取の仕方(放射能のありそうな部位を取除いて検査,徹底的に洗ってから検査???),規制値をオーバーした場合の当該ロットの取扱(どのように処分しているのか・ヤミで流通に乗せられていないか:数ヶ月前に農林水産省に私がヒヤリングした時には,同省は福島県以外の状況を把握していなかった),検査に不正はないのか,自県産食品商品の販売推進を大々的に展開する自治体が自県の飲食品商品を検査するのは利益相反ではないか,何故,加工食品や外食,あるいは小売り段階にある食品を全く検査しないのか,などなど,問題だらけの食品検査の現状がある。
こうした,あるまじき食品の検査実態・検査管理実態を消費者・国民に知られたくないがために,厚生労働省は検査結果の詳細なレビューを行おうとはしないし,自治体の方も,自県産品販売のためには,こうした裏事情を消費者・国民に知られたくない利害関係があるので,厚生労働省が,一般の国民が見て,よくわからないような文書を出してくれるのは歓迎なのかもしれない。
(3)通知文書に書かれている内容が不必要に複雑である。何故,かように検査のルールを複雑にする必要があるのか。書かれている内容は,無用の手間暇や管理負担をかけるだけの,全く無意味な「ルールの複雑化」であると言える(あえて言えば検査の手抜きの合理化)。
(4)飲食の放射能検査体制の貧弱・脆弱と,生産者・農家をはじめ,食品の生産・流通に携わる人達への無用の検査負担が,福島第1原発事故後2年を経ても一向に解消しない。解消しないどころか,加害者・東京電力や事故責任者・国は,検査費用の賠償・補償さえきちんとしないばかりか,今回の指針改定に見られるように,隙あらば放射能検査の縮小と形式化をもくろんでいると言っていいだろう。そのココロは,放射能汚染や放射線被曝の隠蔽・歪曲と原子力推進の復興・再建である。
2.今回の「指針」改正の内容
厚生労働省の通知文書からは,上記でも申し上げたように,何がどう変わったのかが分からないので,新聞記事から下記の通り簡単に改定内容をまとめておく。重点検査対象の大幅見直しは今回が初めてであるという。
(1)重点検査対象から下記のような品目を除外する。重点品目数は132から98に減る。
① 野菜類 ホウレンソウ,レタス,キャベツ,ダイコン,ジャガイモなど
② 果実類 モモ,リンゴ,ナシなど
③ 魚 類 コウナゴ(イカナゴの稚魚),イワシ,サバ,ブリなど
(2)出荷停止措置の解除に際し,頻繁に移動する野生の鳥獣類や魚介類などの場合は,検査結果はバラツキやすいことから検査の検体数を増やす。
(3)原木キノコ類は,生産工程が適切に管理されていることなどを解除の条件に加え,判断根拠を明確化する。
3.コメント
(1)「指針」を改定する方向,行政が向いている方向が「真逆」である。今,重点検査対象品目を増やしこそすれ,削減していてどうするのか。環境に大量に放出された放射性物質が,今後どのように拡散し,また,食物連鎖や生体濃縮などを通じて,どのように植物を含む生物=人間の食材に広がっていくのかは未知である。今後,可能な限り多くの食材の検査を行い,その未知の部分を実証的に明らかにしていかなければならないはずである。そうしなければ,いつまでたっても「食の安全と安心」は確保できないだろう。日本の行政は,消費者・国民の命と健康を何と心得ているのだろうか。さっさと重点検査対象品目を増やし,検査体制の抜本的充実を図れ,と申し上げたい。
(2)あいもかわらぬ「放射性セシウム」のみの検査である。福島第1原発からは,過去2年間も,そして今も,放射性セシウム以外の様々な放射性物質・放射性核種が環境に放出されている。それを何故,測定・検査しないのか。
(3)水産物への警戒がなさすぎる。上記(2)で,特に海の汚染と水産物の汚染は,複合的な放射能汚染となっている可能性が高く,これからますますその傾向が強まる可能性がある。魚介類について言えば,場合によっては,放射性セシウムよりも放射性ストロンチウムの汚染の方が危険かもしれない。海への放射能の漏出は今も止まらず,止めようともされていない。海の場合には,食物連鎖や生体濃縮もあって,これからじわじわと多種多様の魚介類に放射能汚染が広がっていくことが予想される。例えば,海底の砂や泥には様々な放射性物質が蓄積し始めているが,これが海洋環境や海洋生物にどのように中長期的な影響をもたらすのかは全く分からない。そんな中で,重点検査対象品目を減らすなどということは,愚かであることを超えて「犯罪的」でさえある。
(今回重点検査対象から外されるブリやサバは,食物連鎖で言えば上の方にいる魚で,放射能の汚染は遅れて現れてくることが予想される。わずか2年の,しかも偏った検査を経ただけで,ほとんどまともな検査もしないまま,事実上,検査の対象から外してしまう,などということは常識では考えられないことである)
(4)検査対象品目の悉皆性が担保されていない。基本は食品流通に乗る全品目がロット検査されなければならないが(そして全ロットのベクレル数を表示),その手前のところで大事なことは,厚生労働省が今回行ったような検査対象品目の重点化やその絞り込みではなく,およそ人の口に入るものを,くまなく,全量とまではいかなくても,全品目について,一定のメリハリをつけたインターバルで検査がなされなくてはならないということだ。言い換えれば,検査されない品目はない状態を早く創らなければならない。
しかし,現状では,その品目悉皆性が全く担保されていない。簡単に言えば,多くの飲食品が全く検査されずに我々消費者・国民の口に入ってきているということである。「それでいいのだ」という人は「それでいい」かもしれないが,多くの子ども達や,妊娠している女性・これから妊娠する女性など,放射性物質に感受性の高い世代については「そうはいかない」。手前勝手な「被曝の押付け」は許されない。
たとえば,厚生労働省の通知を見ていて「おや?」と思ったのは,重点対象畜肉にマトン(羊肉)や鶏肉・鶏卵がないことである。農林水産省によれば,羊はその食習性から鑑みて,牛や豚以上に放射性セシウムを取り込みやすく,かつ蓄積しやすいそうである。ならば,何故,マトン肉を悉皆的な検査対象項目としないのか。また,もっぱら輸入配合飼料を与えるブロイラーはともかく,地飼する地鳥などは放射能汚染地域で飼育されている場合には汚染が懸念される。何故,検査対象として重点化しないのか。
(5)生産者段階での検査だけでなく,加工食品,外食,小売り段階にある食品群への「抜き打ち」検査が必要不可欠である。しかし,これについては,国や多くの自治体は全くやる気がない。飲食の放射能検査は,消費者・国民のためではなく,食品産業のために実施されているものだから(言い換えれば,商品を売るために実施されている),その利害に反するものは一切しない,というのが国や多くの自治体行政の基本方針のようだ。
(6)食品の汚染に伴う賠償・補償と,関係業者への経営再建支援が全く進んでいない。支援どころか,検査のための費用すら負担しようとしない加害者・東京電力や事故責任者・国である。被害者は一致団結して「1,000万人訴訟」を起こすべきである。日弁連は組織を挙げて被害者をとりまとめ,一人の泣き寝入りも許さない断固とした賠償・補償の訴訟支援体制をとるべきである。海外にも人権救済を訴えて回るべきだ。
(7)飲食品の周辺に対してあまりに無警戒である。これも大問題である(例:飼料・牧草,稲・麦わら,もみ殻・ふすま,肥料・培土・腐葉土,タバコ,キノコ原木,漬物用米ぬか,アク抜き用木灰,焼肉焼鳥用炭,燻製用薪,漢方薬・医薬品原料,花き,皮革製品,木材製品,魚醤,天然塩,食器など)。飲食に関連しての放射能汚染への無防備は非常に危険である。
(8)野生のキノコや野生生物など,明らかに放射能に汚染されていて危険であるものは既に明らかになっている。その飲食の禁止を徹底すべきである。また,放射能汚染食品に関して,出荷制限と摂取制限が別々に発動されているが,これもおかしい(消費者・国民が被曝するから出荷してはいけないが,生産者は摂取してもいい,というのは明らかに変だ)。出荷制限=摂取制限とすべきである。
以 上(2013年3月25日)
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